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「京。きょーう」
誰かが俺の頬をもにもにと摘まんでいる。弱い力なので痛くはないが、ちょっと煩わしくて顔をしかめると、笑い声。
馬鹿にしているような冷たいものではなく、温かくて優しい笑い方だ。その後、また「京」と名を呼ばれた。声を出すのも億劫だったが、あんまり呼ばれるのではい、と返事をした。

「あ、返事した。京、起きろー。飯行くぞ」
「京ー、ご飯の時間だよー」
起きろ? ご飯? はっと目を開けた。顔を覗き込んでいた会長が笑って、「お、起きた起きた」と言った。その向こうに、同じくこちらを見ている副会長の顔も見えた。

「―え、あれ……? 俺、寝てました?」
「超寝てたよ、京ちゃん。お腹すいたっしょ?」
「ああ、うん……?」

目を擦る。曲げていた腰をよいしょと伸ばした会長は、今6時過ぎ、と時間を教えてくれた。いつの間に眠っていたのか分からないが、だいぶぐっすり寝ていたらしい。俺が最後に見たとき、時計は3時くらいを示していた。

「よし、京。行くぞ」

肩にバッグを引っ掛けた会長が俺に片手を出す。何も考えずにそれを掴むとぐいっと立ち上がらされた。俺は全然力を使っていない。
会長は身長が大きいが、ただ背が高いのではなく筋肉があるから俺などは簡単に引っ張りあげられるのだろう。少しだけ複雑な気分だが、会長だからいいかと思う。

「あ、俺の鞄」
「はい、京ちゃん」
「あれ、ありがとう、住田」

デスクに置いたままだった鞄を住田が持ってきてくれた。外に出していた筆記用具なんかも全部中にしまってくれたようで、礼を行って受けとる。

「ほらみんな、出て。施錠するよー」

カードキーをひらひらさせる副会長に促されて外に出る。副会長は、電気を消してドアを閉めると、すぐ横にあるキースロットにカードを差し込んだ。すぐにピピッという電子音とともにドアの施錠音が聞こえた。
学生証でありクレジットカードであり、カードキーでもあるこのカードは、生徒全員が所有しているが、生徒会室のドアを開閉できるのは、生徒においては生徒会役員と顧問風紀委員長のカードだけだ。そういう風にキースロットに設定されている。

風紀委員長が加わっているのは、この学校で風紀委員会が、教師に先んじて問題解決にあたる役割を担っているからだ。学校内の問題を処理し生徒を取り締まる風紀委員会は、生徒を代表するだけでなく生徒たちを統括する生徒会の、抑制機関である。らしい。
俺の理解度は完璧であるとは言いがたいが、つまり、学校全体の問題解決を役目とする風紀委員会の、そのトップは、生徒会に問題が発生した場合の対処も担当するから、委員長が万が一のときに生徒会室に入室できないという事態を防ぐために、そういうふうになっている。

そんな感じだ。多分。





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