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「生徒会室は何階でしたっけ」
「特別棟の二階だよ」
「今日は、挨拶だけすか?」
「えっと、挨拶してから、少しだけどんな仕事するか話したり……。あ、福井くんの都合が悪くなかったら、夜ご飯、一緒に食べよう」
「分かりました。」
そこで会話が途切れる。自ら話を振ることも勿論俺の苦手なことだ。階段を降りて、特別棟を目指して歩く。
こんな風に沈黙が続くと、俺は相手は今、何を考えているのだろうとか、俺の返事がよくなくて嫌な気持ちにさせてしまったのかもなどと考えて、妙に焦ってしまうのだが、今は繋がれたままの手のお陰か、そんな考えに至ることはなかった。
福井くんの手が温かい。
長い廊下を一度曲がったところで、それまで周りを眺めながら黙っていた福井くんが「あ、」と声を上げた。
「そういえば、俺って、木名瀬さんのことなんて呼んだらいいですか?」
「え?」
「部活とかだと、上級生の呼び方ってなんとなく共通してるイメージだけど、生徒会は、そういうのとはまた違う?」
ふと思い立ったので聞いた、といった風情の問いに対する答えに迷う。俺は部活動をしたことがないし、上級生の呼び方と言われると、俺にとっての上級生は神永先輩と白峰先輩で、今は大抵役職名で呼んでいるし、住田もそうしている。
「俺は、役職で呼ぶか、苗字で先輩って呼ぶか、だけど……。決まってないから、好きに呼んでいいと思う」
考えかんがえ返答する。ちゃんと問われたことに答えられているだろうか。福井くんは、ふうん、と相槌を打ってから思案げに口許に指を当てて、「じゃあ、他の人からなんて呼ばれてます?」と視線をよこしながら新たな質問を繰り出した。
「他の人―」
俺のことを呼ぶ人は、とても少ない。生徒会のみんなか、先生、時々それ以外の生徒。生徒会は、神永先輩が最初に京と呼び出したから、他のメンバーも付随して、名前で呼ぶ。
他からは苗字でしか呼ばれないが、福井くんは役員になるのだから、この場合、他の人という言葉に当てはまるのは会長たちだろうか。
考えている間、沈黙してしまっていたことに気が付いて、はっと福井くんを見る。なに? というように眉を上げて見下ろされ、待たせてイラつかせてしまっていなかったことに安堵した。
「―生徒会の人は、京って、下の名前で呼ぶ」
「へー。じゃあ、俺も、呼んでいいですか? ね、京先輩」
ごく軽く言われた、その響きに、俺は思わず静止してしまった。京先輩。なんというか、仲の良い、慕ってくれる後輩が出来たようだ。すごく、そわそわする。
「先輩? 嫌だった? それとも、京さんとかのがいい?」
「や、やじゃない―っ。あの、福井くんがいいなら、京先輩って、呼んでくれれば、いい。俺、嫌じゃない、嬉しい」
足を止めてしまったせいで、くんっと福井くんの腕を引く形になった。振り返った彼に慌てて言葉を重ねる。
片言というか、母国語なのにどうして緊張しているとこんなに拙い話し方になるのだろうと思う。情けない。いや、緊張しているか否かに関わらず、俺の話し方は大概拙かった。
福井くんは、言い募った俺を見下ろして小さく破顔した。やはり、彼は笑うと雰囲気がかわる。つきつきと尖った三角がふにゅふにゅと柔らかな丸になる、ような。
「じゃあ、呼ばせてください」
「はい、えっと、呼んでください」
妙なやりとりだと思ったのは俺だけではなかったらしく、隣の大人っぽい後輩は、今度は声を出して笑った。
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