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パソコンに向かって、カタカタと文章を打つ。静かな室内は、キーボードを叩く音と紙を捲ったりなにかを書き付けたりする音だけが控えめに響いていて、集中しやすい。作成しているのは、各委員会に配布されるプリントだ。必要事項を全て組み込み、とりあえずの形が出来上がったので、一旦ファイルに保存する。
パソコンでの作業は、データがふいに飛んでしまったときに、すごく落ち込むはめになるから、こまめに保存をするようにしている。それでも、調子よく作業が進んでいるとつい忘れてしまって、ときどきしょんぼりさせられるから、デジタルは怖い。

まだ期限までは間があるので、推敲は後でもいいだろう、とパソコンから視線を離した。ぐうっと腕を上に上げて、少し強張った肩を解す。
俺の動作が目についたのか、やや険しい顔でパソコンを見つめていた住田が顔を上げて、時計を見た。「おー、もうこんな時間っすなあ」とのんびりした声が言う。つられて、自分の腕時計を確認すると、いつも仕事を終わらせる時間の少し前だった。

窓の外がまだほんのり明るいので、さほど経っていないと思っていた。春の夕方などこんなものだと思うが、自分はまだ、冬の感覚でいたらしい。


「そういや、腹減ったな。そろそろ切り上げるか」
もう冷めてしまったミルクティーの残りを飲みながら、会長の言葉にうんうん、と頷く。会長のデスクを挟んで、俺の向かい側にある席で、副会長がぐるぐると肩を回した。

「そうだね、終わろう終わろう」
「お腹すいたねー、京ちゃん」
「空いた」

住田に答えて、USBメモリを抜き、パソコンの電源を落とす。あとはデスクに広げた書類をまとめれば帰り支度は終わりである。
隣の、なにもおいていないデスクが視界に入る。週明けには、福井くんがここに座るのだと思うと心臓がドキドキした。住田が保証してくれたのだから、ちゃんと仕事を教えなければならない。ダメな先輩だと思われないように頑張ろう。

「京ー? どうした、電池切れか」
「電池は、まだ動いてます」
「そうか、動いてるか」

会長が笑う。俺は、一時停止していた動きを再開して、荷物をリュックにしまいこんだ。会長は椅子から立って、少し開けていた窓を閉めた。

「カップ、洗ってきます」
「おう、ありがとう」
「ありがとう、京。お願いするね」
「京ちゃん、俺も手伝う?」

先輩たちのデスクから、それぞれ空になったカップを回収して、住田の分も受け取ろうとしたら、すでに鞄を肩にかけている住田はのんびりした声で「俺、カップふきふきしますよー」と続けた。特に手伝いは必要なかったが、好意の眼差しを受けた俺は、一瞬考えてから頷いていた。

「じゃあ、お願い。住田」
「うんっ」

ぱっと周りに花が咲く幻覚が見えそうなほど、住田は喜びの表現が素直に顔に出る。全くもって、俺の表情筋にも、見習ってほしいものだと思う。

住田が話すのに相槌をうちながらカップを洗って、給湯室の電気を消して戻る。会長と副会長も、帰り支度が出来たようだった。じゃあ行くか、と会長がカードキーを取り出す。
俺は席まで行って、置いたままだったリュックを担いだ。

今日はカルボナーラがいいなぁ、と副会長が言った。俺は空腹を訴える腹を撫でてから、生徒会室の電気を消した。






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