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ただ、初対面で俺が緊張していることに気がついたのは神永先輩と福井くんの二人だけだ。観察眼が鋭いのかもしれない。
まあ、つまり考えなくても分かることだが、俺は入学当初に話しかけてくれた人達にとっては、話しかけても返事もしないでただ一瞬視線を向けてくるだけの無礼野郎だったということだ。何様だこら、と正当な怒りを俺にぶつけてくる人が一人もいなかったのは幸なのか不幸なのか分からない。


「―で、えーと、なんだっけ、生徒会でしたっけ?」
「あ、うん―、福井くんは、格好よくて目立つけど、たくさん騒がれたりする?」
「あー……、いや、格好いいとかは、肯定しづらいすけど、まあ、なんか、見せ物みたいな扱いは、されてますね。なんか、普通に友達もできねえし……」

照れたのか気まずいのか、福井くんは前髪を触って足元に視線を落とした。俺は最後に独り言のように呟かれた答えを聞いて、勧誘に対する気合いを入れ直した。ぎゅっと両手を握る。

「うちの生徒会長と、副会長も、そんな感じだったって。俺は……俺も、友達全然出来なかったけど、生徒会入ったら、喋れるし、視線もないし、生徒会室居心地いいし、あ、あとソファーあるし、カフェオレ飲めるし、」

途中から何を言っているのか分からなくなった。一度言葉を切る。福井くんは急かすでもなく苛立つでもなく、まとまっていない俺の言葉を聞いてくれている。
緊張が少しずつ解れてきた。福井くんも、待ってくれる人だ。もういいと去ってしまったり、話しかけてごめんねと謝ったり、ちゃんと喋れないのと苛立ったりしない人。

会話をしてくれる人とは仲良くなれるのではないか、と期待してしまう。

「……俺、福井くんが生徒会の仲間になったら嬉しい」
勧誘の言葉ではなく、俺の気持ちの方を言ってしまった。慌てていると、福井くんは驚いた顔をして、それからふっと笑った。面倒くさそうな顔は、笑うと優しくなるらしい。

「俺も、生徒会の人と仲良くなれるっすかね」
「な、なれる。―俺がなれるんだから、福井くんは、すごく、なれる」

すごくなれるって、なんかおかしくない? と、また笑ったあと、「木名瀬さんとも?」と聞かれ大きく頷く。
福井くん、俺と仲良くしてやってもいいと思ってくれたのかな。今の聞き方はそんな感じがするが、確認するような度胸はないので黙っていることにした。

「―ふーん、じゃあ、入ろうかな。部活しないから、結構暇だし。」
「……、ほ、本当、ですか」
「なんでいきなり敬語? うん、はい、本当です。これからよろしく、先輩」

片手が差し出される。俺は信じられない思いでその手を見つめた。
輝いて見える。のろのろと、その手を握る。恐る恐るぎゅっとしてみると大きな手で握り返されて二度、軽く上下に振られた。ハンドシェイク……!

俺は感動でぶるぶるしながら、「よろしく」と心を込めて返事をした。

神永先輩、俺はやり遂げたようです……。
盛大に褒めてくれるであろう会長を思い浮かべて、俺の心のなかで、俺を模した犬がぶんぶんと尻尾をまさしくちぎれんばかりに振っていた。





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