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Bクラスのプレートが見えた。気を抜くと小刻みになる呼吸をなんとか意識して深呼吸に変えつつ、拳を握る。手が震えていた。

なぜ、俺はこんなことでこんなにも緊張して吐き気すら覚えているのだろう、と思う。普通のことが出来る体と脳を与えられて生まれたはずなのに、大抵の人が簡単に出来ることをこんなにも大儀に感じる。人見知りや喋り下手な人は俺以外にも大勢いるのだろうが、自分以上にダメな人を、俺は知らなかった。

Bクラスの前で足を止め、ぱしっと両頬を叩く。自己嫌悪をしている場合ではない。これは、そんな下等生物な俺を改善するための一歩だ。自分では踏み出そうともしなかった一歩で、会長が背中を押してくれた一歩で、俺にとって意味を持った一歩なのだ。
やるぞ! と自分に気合いを入れる。腹の中はまだぶるぶると縮こまって震えている感じがしたが、勢いはついた。俺は閉まっていた教室の引き戸をガラッと引いて、最初に目が合った人に「福井侑真くんはいるか」と躊躇いが顔を出すよりも早く第一声をかけることが出来たのだ。

言い終えた瞬間、なんだこの居丈高な口振りはと心臓が脈打ったが、相手は「います!」と大きな声で返事をしてくれた上に、慌てて教室の奥にいるらしい福井くんを呼びに行ってくれた。
いい子だ、と俺の心が盛大に感激する。俺にはあんな真似は出来ない。突然尋ねられたら、よくても、いると答えるぐらいが関の山だろう。


「呼んだのって、あんた? 何の用?」

声をかけた人がいい人でよかったと緩んでいた俺の腹の中の何かが、瞬時にまた縮こまった。上から降ってきた面倒くさそうな声と、目の前にあるネクタイのゆるい結び目。そろりと視線を上げる。
こちらを見下ろしていたのは生徒会メンバーがイケメンだと言っていたのも納得の、イケメンだった。ただし年下だなんて嘘のように怖い。心のなかで注釈をつける。
あ、会長と身長が同じくらい、と一瞬の現実逃避から俺を引き戻したのは、見上げたまま数秒何も言わない俺に焦れたのか、くっと寄せられた彼の眉根だった。

「あ、あの―」
声を出して、さっきの勢いが無くなってしまっていることに気がついた。張りがない、掠れた声だ。慌てて咳払いをして、「福井侑真くん、か?」と尋ねる。

「そうだけど」
返答は簡単なものだ。俺が酸素を切らしそうになって吐き出した言葉に返ってくる言葉が、こんなにあっさりと発せられるなんてなんとも不平等だ。

続ける言葉のための酸素を取り込もうと半ば必死に相手を見上げたまま深呼吸をしていると、ふいに福井くんが身を屈めた。

耳のすぐ横で幾分和らげた声が、「ここで言いにくいなら移動します?」と言った。
かかった息を気にする余裕などない。少し体を離してこちらを窺い見た彼に、こくこくと頷いてみせる動作すら油を差していないブリキのロボット玩具のようにぎこちなかった自信だけは、あった。







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