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「#甘々」のBL小説を読む
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ちょっと行って、と言うがどのタイミングで行くべきか分からないし、もし行って、相手と向かい合ったとして、俺のこの役立たずな口がしっかりと動く確率はさほど高くない。
否、はっきり言えば低い。なんだこの不審者、と思われて終了である。考えただけで腹の中に穴が空いたような心持ちになって、じっと我らが会長様を見つめる。

最近の神永先輩は、俺に一人で風紀に行って書類の不備を説明してこいだとか、職員室に行って顧問から資料をもらってきてくれだとか、司会をしろだとか、いろいろ、俺にとっては難関な用事ばかり言いつけてくる。
全部「やです」と断るが最終的には我が儘を言っている自覚のある俺は折れるしかないのだ。終わって、褒められるのは嬉しいが事前のこの不安感や恐怖心の比重はとても大きい。じっと同じように俺を見返している会長の目は、今回もこの頼みごとを引っ込める気はないぞと言っていて、泣きたくなる。

現に視界が若干ぼやけてきてしまった。

「神永先輩は、―俺のこと嫌いになったんですか……」

優しい先輩が厳しい。前は俺が躊躇する用事を前会長に言い付けられても一緒に行ってやると救いの手を差し伸べてくれたのに。
俺のような人間を好いてくれる人がいないのは分かっているつもりだが、大好きな先輩に嫌われるのは途方もなく悲しかった。捨てられた犬は、多分、こんな気持ちなのではないだろうか。

涙が零れそうになってぎゅっと目を瞑ったところで、会長が俺の肩を抱え込んだ。ごちんと額が会長の胸にぶつかる。

「ばっか、泣くな! 嫌いなわけあるかっ、ずっと弟にしたいくらいお前が可愛いっつーの!」
「でも先輩、おれの苦手なことばっかり言うー……」

涙を堪えながら言って、とんだ甘ったれだと自分で思った。あまりに情けなくて恥ずかしい。しかも、これは本当に思っていることなのだから、救いようがない。

「俺だって、ほんとは京が苦手なことはやらせたくねえよ。でもお前、次の代は、多分お前と住田が会長と副会長だぞ? どっちがどっちをやるのかはまだ決まってねえけど、なんにしろ、人前で喋る機会も、お前が苦手なことをする機会も、格段に増えるんだぞ。大学行ったり、社会に出たらもっともっとだ。そんなら、俺がいるうちに、出来るだけ慣れさせてやりたいって思うだろうが。ちっせえことからどんどん慣らしていけば、最後はなんでも出来るようになると思わねえか?」

会長の胸に額を押し付けたまま、肩を抱き込まれたまま、俺より高い体温を感じながら聞く声は全身に沁みていくようだった。
自ら立とうとしない見下げ果てた甘ったれの俺のために、会長はそんなことを考えていてくれたのか。それにも関わらず俺は会長に嫌われただとか会長が厳しいだとか―。

「う、うぅーっ……」
最低だ。ゴミよりもカスだ。それに比べて神永先輩はもう筆舌に尽くしがたいレベルのいい男だ。最高を越えた。そんな素晴らしき神永先輩が、俺のためを想って俺に厳しくしてくれているのだ。なんということだ。

「え、おい、こら、泣くなって京!」
「かいちょー、」
「なんだ!」
「ううー、神永先輩、大好きですー…」
「馬鹿京、俺も大好きだっつうの!」

みっともなく泣きながらしがみつくと、会長は大きな声で応えて更に強い力で抱き締めてくれた。


「…ねー、ふくかいちょー」
「…なあに、住田」
「なんなんですかねぇ、この夫婦? 兄弟?漫才みたいなの」
「なんだろうねぇ。まあ二人ともハッピーならいいんじゃないかなあ」
「んんー、やっぱり夫婦漫才? んーでもなぁ」
「住田が悩むのはそこなんだねえ」

物凄く嫌なのは変わらずだが、会長の気持ちに応えないなど絶対に有り得ないと「勧誘頑張ります」と涙声で宣言した俺は、「偉いぞ京! お前なら出来る!」とぎゅうぎゅうしてくれる会長の声しか聞こえていなかったので、静かに俺たちの動向を見守っていた二人がそんなことを言い合っていることには、ついぞ気が付かなかった。






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