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休み時間のざわつく教室で、彼方の足の間に座ってゲームをする。遠慮なく凭れる俺の腹の前で両手を組んだ彼方が肩に顎を乗せてゲームを鑑賞している。
俺を腕と脚の囲いの中に抱き込むのは彼方のお気に入りの体勢だ。楽だし温かくて彼方の匂いしかしなくなるので俺も好き。


「うわ、それそうやってとるんだ」
「うん、失敗すると死ぬ」
「まじか、むず。俺のやつも遥がやって」
「いーよ」

彼方が何か言う度に耳元に微かに息がかかる、近い距離。クリアの表示が出たところで大人しくしていた彼方が耳のすぐ下の辺りに顔を埋めてきた。温かくて柔らかい唇の感触に首を竦める。

「ふは、彼方、くすぐったい」
「んー。いい匂い。遥の匂い好き」
「匂いだけ?」
「遥まるごとだーい好き、食べちゃいたい」
「食べられちゃいたーい」

戯れのような会話が耳に入ったらしく近くにいたクラスメイトがなんとも言えない表情でこちらを見たけれど、特別何か言ってくることはなくまた談笑に戻った。俺が転校してきた初日からこんな状態なので彼らの方でも慣れたのだと思う。最初は色々と煩わしいなと思ってしまうようなことも多かった。


犬みたいにすりすりしてくる彼方の頭をよしよしと撫でる。そのときふと、ぴりっとした視線を感じた気がして、俺は教室の出入口に目をやった。

昼休み後半の廊下は、それなりに人がいる。ゆるりと見渡すと一瞬、目が合った人がいた。偶然ではないと思う。俺は悪感情には敏感なつもりだ。つまり、俺が彼方とべったりと表現できるくらい一緒にいることが気に入らないという感情をすぐ察せられるということ。
それが何に起因する感情かなんてどうでもいいし、怯んだり控えたりする気は毛頭ない。むしろ、もっとくっついて見せびらかしたくなる。

勝手に不快になればいい。妬むなら妬めばいい。性格がよくないのは当然自覚済み。


スマホをしまって、彼方と向かい合う。遥、と嬉しそうに細まる彼方の目はチョコレート色が溶けそうに甘い。首に両腕を回すとぎゅうと抱き込まれる。彼方の鎖骨のあたりに頬をくっつけて目を閉じると、胸が暖かくなる。
すごく幸せ。彼方はすごい。そこにいるだけで俺を幸せにしてくれる。

彼方のことを、色んな人に自慢したい。でも誰にも触らせない。だって彼方に触っていいのも、彼方から触るのも俺だけだから。皆、指をくわえて見てればいい。

「彼方、かなた」
「なあに、遥」

一般的な感覚を持つ人は、俺たちの様子をみたら顔をひきつらせて「お前らはおかしい」というだろう。実際言われたことだってある。でも、だからなんだというのだ。彼方は俺だけが好き。俺は彼方しか好きじゃない。他人の意見はいらない。

「彼方が大好き」

何よりも彼方が大事。彼方を悲しくさせたり苦しくさせるものが何一つない世界を作って、そこで二人だけでずっとくっついていたい。
他の人のことなんて気にしたくないのに、彼方の同室者の話を聞いてから嫌な考え方ばかりしてしまってる。彼方が大好きで彼方と一緒にいられるのが嬉しい楽しいってそれだけに満たされていたい。バカで明るい俺らしく、心の底から笑っていたい。彼方が幸せな世界では、俺はもっと幸せなのだ。

隙間なく、貝殻のように手を繋ぐ。

「遥、どうしてそんなに可愛いの」
俺だって大好き、と笑った彼方の、少し冷たい掌が体温の高い俺の手に温められて、同じ温度になっていく。このまま境目なんて無くなってしまえばいいのにという思考は俺にとって口にする必要もないほどあまりにも自然なものだった。




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