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「あれ。彼方、遥くんは?」
「あー?」

ぺとりと机に頬をくっつけた体勢のまま、目だけで話しかけてきた米木を見上げる。米木は辺りを見回して遥の姿を探してから、俺の前の誰かの席に腰掛けた。

「…遥は職員室。ていうか、前から思ってたんだけどなにナチュラルに名前で呼んでんの」

眼鏡越しの目でにやっと笑って、両手を軽く上げる。

「だって、遥くん嫌がらねえじゃん」
「俺が嫌なんだよ」
「えー? 独占欲強いな、彼方」

そうだよ、俺は独占欲が強くて心が狭い。遥の交遊関係に口出すなんて嫌だから黙っているけれど、本当は俺だけがいいのにって思ってる。
一番も欲しいし唯一も欲しい。

答えずにむすっとして睨むと面白そうに見つめられる。

「彼方って、その呼吸すらダルいですみたいなのと、遥くんと居るときとどっちが素なん?」
「は?」
「遥くんと居るときは、もしかして作ってんのかなって」

こいつの眼鏡割れねえかな、と赤色のフレームを見つめる。

「俺が遥の前で素じゃないわけないでしょ。お前の眼鏡は飾りか、割るぞ」
「おお、怖いなあ。眼鏡割りは断固阻止」
「―遥がいないと、にこにこ出来るほど表情筋が頑張れない」

全体的にどうでもよくなっちゃう、とまで言ったらいくら米木でも引くかなと思って口にはしない。
体を起こして頬杖をつく。


「ほんとに大好きなんだな」
「もちろん。」
「お前がそんな感じだから、遥くんもうすげえ有名人だぞ。まだ来て二週間かそこらなのに」

言葉を反芻して眉を寄せる。

「なんで俺が原因なの」
「そりゃあ、お前がイケメンだからだろ? 自分がモテてる自覚くらい、あるだろうに。お前が笑いかけて好意全開に接してる転校生が目立たないわけないじゃん」

言わなくても分かるだろ、と笑われる。分かるかよ。遥は俺なんかよりずっと綺麗で格好いいんだから、遥が目立ったとしてもそれは俺が理由じゃないと思う。
ああ、でも遥が目立つのは―

「……嫌だなぁ」
「なーにが?」

我が儘な自分に呆れながら呟いたすぐ後にぽんと優しく背中を叩かれた。降ってきた声に顔を上げると、両頬を手で挟まれる。
背後から覗き込んできた遥は触りかたと同じくらい優しく微笑んでいた。

「お帰りー、遥」
「ただいま、彼方。悲しいことあった?」

ハの字、と指先で眉を撫でられる。擽ったさに笑うと満足そうに目を細めて俺の隣に寄せた椅子に腰掛けた。

「彼方と仲良しだから遥くんが目立ってるって話してたんだよ」

米木が口を挟む。それだけで遥は俺が何を嫌だと思ったのか察したらしい。よしよしと頭を撫でてくれた。
優しい。大好き。俺が遥を大好きなことを遥がちゃんと分かっていてくれるのが時々とても嬉しくなる。

さっきまで動かすのも億劫だった頬の筋肉が勝手に緩んでしまう。


「そんなの一時的なものだって。それに、目立ってようがなんだろうが、それが俺たちにとって害にならない限りはどうでもいいじゃん。な?」
「……うん、遥が見られるのは嫌だけど、邪魔してこないなら、もうそれでいい」

俺を甘やかす声に頷いて、少し指の付け根が硬い掌に頬を擦り寄せる。

「わーお、相変わらずらぶらぶだな」
「もちろん」

米木の冷やかしなのかなんなのか分からない言葉に遥は屈託なく笑った。ぴかぴかの眩しい笑顔。遥らしさがいっぱいに詰まったその笑顔が本当に好きだ。






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