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▼寝起きのキヨと、戸惑う晴貴


午前中に干していた布団を取り込むとふわりと温かな香りがした。それに気分をよくしながら見上げた空は薄青で気温はとても心地いい。
俺はベッドを整えると本を手に部屋を出た。

目指すは寮の裏手に広がる森。生い茂った木々が光を遮ってしまうように見えるが中に入ってみればそんなことはないと分かる。木漏れ日が苔の生えた木の根や湿った濃い色の土を明るく照らしている。

進んでいくと少し開けた場所に出る。ここだけ木が生えておらず地面は丈が短い草が茂っている。周囲を囲むのは多くが山桜の木らしい。以前にキヨ先輩から教えてもらった場所だ。真ん中にある古いベンチは、元は別の場所にあったものをキヨ先輩が一年生の時にここに移動したのだとか。

内緒な、と目を細めた彼を思い出してふと口元が緩む。
静かで日当たりがよく土と緑の匂いがするここは、知っている人はほとんどいないはず、という先輩の言葉通り、誰も来ない。場所自体を気に入った俺はついここに足が向いてしまうのだが。

山桜の季節はさぞ壮観だろうと思う。


ベンチが見えた。こちらに背を向ける形で置かれたそれからはみ出している、黒いスラックスを纏った足も視界に入って、俺は足を止めた。珍しく誰かがいる。そのまま踵を返してもよかったが、先客が誰だかわかった気がしてそっと歩み寄っていく。

柔らかな草は足音を吸収してさほど気を配らずとも音は立てずに済んだ。背もたれ越しに覗き込んだそこにはやはり見知った人がすやすやと気持ちよさげに眠っていた。勝手に笑いがこぼれて、ははっとかすれた吐息が落ちる。

まつ毛まで茶色い。思わず綺麗な寝顔をまじまじと見てしまって、観察するなんて趣味が悪いということに気が付いた。
目を離して、けれど去るのはやめてベンチの足元に座り込んだ。
ふわりと風が髪をゆらす。俺は穏やかな気持ちになって陽だまりの中で本を開いた。

▽▽▽

文字の中の世界に埋没していた意識が戻ったのは、後ろから緩く髪を引かれる感触があったからだ。不思議に思いながら振り向くと、ベンチに横たわったままじぃっとこちらを見ているキヨ先輩と目が合った。

琥珀に緑を溶かし込んだような目は寝起きのためか普段ほどはっきりしておらず、とろりと眠たげだ。

「……おはようございます、キヨ先輩」
「―ハルがいる」

はい、俺です。
無言でこくりと頷くと先輩は目を細めて優しく笑った。体を起こし、空いたスペースをぽんぽんと掌で叩く。じっとこちらを見る目にその意図を察してありがとうございますと言ってから隣に座らせてもらった。

「ハル、いつ来たの?」
「多分、1時間くらい前だと思います」
「あー俺そんな寝てたのか―」

ふわりと欠伸を零した先輩の気の抜けた様子がなんだか珍しいと思った。

「起こせばよかったのに。地べた座ったら服汚れるぞ」
「そういうの、あんまり気にならないです」

軽く首を振ってから、それに、と付け加える。

「先輩、気持ちよさそうだったし、ちょっと綺麗な空間出来上がってたんで」

起こすとか無理でした。先ほどまで保たれていた静謐な空気を思い出しながらそう言って笑う。それに対して彼はびっくり、とでもいうような顔をしたかと思うとふいに両手を伸ばして俺の頬を包み込んだ。顔を覗き込むように距離が縮められる。

きらきらと、透き通った瞳の奥に若葉の色が瞬くのが見えた。突然のことに虚を突かれた俺が反応できずにいるうちに、先輩が口を開く。

「ハル、今笑った」
「は」
「可愛い、もっかい笑って」

何がそんなにと思うほど嬉しそうな表情で、今まで一度も聞いたことのないくらい甘い声で彼が言った。俺が先輩の前で笑うなんて別に珍しくもなんともないはずなのに何を、と一瞬唖然として、すぐに恥ずかしさでいっぱいになった。

男が可愛いと言われて嬉しいわけがない。不快なだけの一言のはずなのに、その時俺が抱いたものはなぜか恥ずかしさ一色だった。意味がわからない。

触られている部分が熱くてどうにか逃げ出したくて、身を引いた。
両手が頬から外れ、「あ、」となぜか残念そうな声を上げた先輩を気にする余裕もなく、俯いて顔を隠す。自分がおかしな顔をしている気がしてならなかったのだ。

少しぼんやりしたキヨ先輩の表情をおずおずと、しかし注意深く窺う。

「あんた、寝ぼけてるでしょう」

その結果として紡ぎだした言葉。寝ぼけている人を相手にすっかり動揺してしまった自分への不満から低い声が出た。
なにを本気で慌てているのだ。ぐしゃぐしゃと髪を乱しながら恥じている俺を、先輩は目を丸くして見つめた。

「寝ぼけてる?」
「そうじゃないんですか?」
「いや……あー、まあ」

煮え切らない返事を不思議に思って顔を上げる。彼は口元に片手を当てて、視線をさまよわせていた。

「キヨ先輩?」
「……あー、そう、うん、寝ぼけてたみたい。ごめんな」
「いえ―びっくりしただけなので」

気まずげに謝る彼に首を振って、この話は終わりになった。

しばらく2人で図書室に新しく入った本の話や好きな古典の話なんかをして日が落ちてきた頃、並んで寮に戻ることにする。


「キヨ先輩」
「ん?」

隣を歩く先輩をちらりと見て、俺は先ほどから気になっていたことを躊躇いつつも尋ねてみることにした。

「俺って、先輩の前で結構笑ってますよね」
「うん? うん、そうだな。そう思うけど」
「じゃあなんで、さっき俺が笑ったことに驚いた顔したんですか?」

寝ぼけていたなら覚えていないかもしれないと思ったが、こちらを向いた彼の表情を見てそうではないことが分かった。自分の言動を思い出してか少し恥ずかしそうにする先輩は珍しい。

「―あれは、なんつーか、こう、いつもと違った笑い方だったから?」
「違う笑い方?」

なぜ半分疑問形なのだろうと思いながら首を傾げる。

「いつもよりへにゃってしてた」
「へにゃ……」

それはどんな顔だ。思わず自分の頬を撫でた俺に笑って、キヨ先輩はぐしゃぐしゃと俺の頭を撫でた。

乱された髪を直しながら見上げた空は、青と茜色が入り混じって美しかった。



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