▼秋のとある日

最近、寒い日が続いていたが、今日は朝から暖かだ。太陽の光で温められたベンチでぬくぬくと日向ぼっこをするのが気持ちいい。噴水の傍の、暖かい時期に岩見とたまに昼食をとっていた場所。さらさらと水の音がして、空気はほんのり甘いような湿ったような匂いがする。
寒いけれど、まだ秋だなあと思う。閉じていた目を開ければ、見事な紅葉が映る。微風に揺らめいて、時折軽やかに葉が落ちる。

ぼんやりしていると、ぺしんと上向けていた額にその散ってきた葉が一枚当たった。
思わず、「う、」と小さく声を溢してから額を摩る。意外に硬くて、少しだけ痛かった。前髪を直しながら、また上を仰ぎ見る。木々ではなく、開いた校舎の窓の一つからひらひらと振られる手に意識が向いた。なんだろう、と目を眇めたのと同時に、窓から制服を纏った体が身を乗り出した。あ、という形に俺の口が開く。

「ハルー」
キヨ先輩が二階から、のんびりと手を振っている。周りが静かなので、特別張ってもいない声は、ちゃんとこちらまで届いた。

「キヨ先輩。何してるんですか」
「委員会終わったとこ。ハルは?」
「俺は、日向ぼっこです」

日向ぼっこ、と先輩は繰り返したらしいが、声は聞こえなかった。

「俺も、一緒に日向ぼっこしたい」
「えっ」
「駄目か?」
咄嗟に首を振る。上を向き続けて少し疲れてきた。

「駄目じゃないです」
「じゃあ、今からそっち行っていいか」

いいですよ、というのもただはいと頷くのもなんとなく違う気がして、一瞬言葉を探す。

「早く来て」
探した甲斐なく結局、そう言って笑いながら手招きしただけだったが、キヨ先輩はあの垂れた目尻をきゅっと細めて嬉しそうな顔をして、すぐに窓から顔を引っ込めた。


俺の急かす言葉通りに急いでくれたらしく、彼がそこに来たのはとても速かった。ちょっと走った、とまで、楽しげに言うから顔が勝手に綻んでしまう。

「あー、あったかいな」
「風呂入ったときみたいな反応になってますよ」
「ああ、今まさにそんな気分なってたかも。いいな、日向ぼっこ」

そうでしょう、と首肯く。俺は日向でぼんやりするのが好きだ。岩見は、おじいちゃんみたいと言うが。

「熱い煎茶を飲みながらここでまったりしたい」
「俺もです」

キヨ先輩が、岩見が聞いたら絶対におじいちゃんなの? と聞いてきそうなことを言う。ふふっと小さく笑った俺に、隣から不思議そうな目が向けられた。

「どうした?」
「キヨ先輩、おじいちゃんみたいだなあって思って」
「え……!? ―いやっ、でも、ハル、俺もって言っただろ。それなら、ハルも爺さんだぞ」

一瞬ぎょっとした顔をしてから慌ててそんな風に抗議されて、ますます俺は可笑しくなってしまう。

「そうですね。俺も、キヨ先輩もおじいちゃんで、ちょうどいいんじゃないですか?」

今度、早朝散歩でもします? と少しふざけて提案すると、先輩はぱちぱちと日に照らされて透ける茶色の睫毛を上下させてから、「する」と真顔で頷いた。

「えっ」
「ハルとなら、一本道を歩いてるだけでも楽しい。絶対。だから、しよう、散歩も」

年寄りは早起きというイメージからの思い付きで言ったことに、そんな風に返されて、俺は不意打ちの嬉しい言葉に堪えきれず両手で顔を覆った。
俺となら楽しい、って。キヨ先輩は、俺を喜ばせる達人か何かなのだろうか。

「……俺だって、キヨ先輩となら、なんだって楽しいです」
「マジか」
「マジです」
「―照れさせようとしてる?」
「してないです、つーか、それ俺の台詞です。むやみに喜ばせないでください」

手を離して隣をを見る。先輩は少し沈黙してからうわー、と小さく呟いた。

「自分で言うのは、思ってること伝えてるだけだからいいけど、おんなじこと返されたらすげえこと言ったって思うよな。」
「……わかります」

俺も、主にキヨ先輩のことに関して覚えのある感覚だ。
真剣に頷いた後、二人で顔を見合わせてどちらからともなくまた笑いが溢れた。本当に、ただ座って言葉を交わしているだけで楽しいから不思議だ。話のネタになるようなことが何もなくても、彼となら話題を探す必要なく楽しくなれるんじゃないかと思うくらい。

「ほんとに、いつかします? 早朝に散歩」
「うん、しよう。朝早くにって、あんまり出歩かないから、いろいろ、いいもの見つかりそうじゃないか?」
「そうですね。俺、新発見って好きです」
「俺も」

のんびりとそんな約束を交わしながら見上げた空は高く、端の方がほんのりと紅葉と同じ色に染まり始めていた。




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