▼ベッドの上の、羊について
ベッドに寝そべって、購入したばかりの文庫本を読んでいると、ばんっと大きな音を立てて部屋のドアが開けられた。
「晴くん!」
「うわっ、びっくりした。なに、陽慈」
反射で起き上がった俺は、部屋に入り込んできた陽慈にやや非難の目を向ける。時刻は日付を跨いだところだ。例え外に響かないとしても、大きな声を出すのは非常識だと思う。陽慈は何か大きな包みのようなものを胸に抱えていた。それを、目の前まで来て、ずいっと差し出される。
「? なに?」
「誕生日おめでとー、晴貴にプレゼント」
語尾に音符が付き添うな楽しげな声色。表情も、頬に花丸を書いてやりたくなるような笑顔だ。言われた言葉を理解して、俺は壁のカレンダーに視線を投げた。
「誕生日?」
「そうだよー、今日は晴くんの15歳のバースデー。忘れてたな?」
「えー、あー…忘れてたわ。つーか、誕生日とかいちいち意識しなくない?」
「ええ? でも、晴貴、俺の誕生日いつもお祝いしてくれるじゃん」
「自分のと陽慈のは違うだろ」
ええ、同じだろー? と納得のいっていないらしい陽慈を流して、差し出されたままの包みを受けとる。柔らかい何かをラッピングしているらしい。
「うん、まあ、とりあえずありがとう、陽慈。これ、開けていい?」
「うん、開けて開けてー」
中身を選んだのは陽慈のはずなのに、わくわくした表情で俺の手元を覗きこみながらベッドに腰かける。俺は包装紙は丁寧にはがす方なので、今回もそっと包装を解いていく。青地にカラフルな星が散ったポップな包装紙だ。
包みを開けきって、俺は首を捻った。中から出てきた、ふわっと柔らかく弾力のあるそれは、眠たげな表情をしたファンシーな羊の、ぬいぐるみのようなものだった。陽慈は時々ぶっ飛んでいるが、15になった弟にぬいぐるみを贈るほどお花畑な兄貴ではない。と、俺は思っているのだが。
「なにこれ、ぬいぐるみ?」
とりあえず、と尋ねてみると、陽慈は軽やかな声でノンノン!と人差指を振った。海外ドラマでも見たのだろうか。
「これは抱き枕だよ、晴くーん」
「抱き枕ぁ?」
「まあまあ、いいから、ぎゅっとしてみろって」
にこにこと悪意の片鱗もなく促され、俺はともかくも従うことにした。両手で、ぎゅっと羊を抱き締める。
「……。」
驚いた。物凄く、抱き心地がいいというか、しっくりと腕に収まるというか、なるほど、と思った。
「なるほど、抱き枕だ」
「でしょ。良くね? ぎゅってして寝たら、快眠できそーじゃね?」
「うん。」
「晴貴、いっつも布団抱えて寝てっから、他になんかぎゅって出来るもんあったらいっかなーと思って。可愛いし抱き心地いいから、選ばれたのはこの子でした。拍手ー」
陽慈が手を叩く。俺は顎を気持ちのいいモフモフに埋め、もう一度羊を抱き締めた。
「いいな、これ。陽慈、ありがとう。使うわ」
「おーうよ、気に入ってもらえて良かった! 晴くんにとってハッピーな一年になりますように! 15歳、おめでとう!」
笑顔の陽慈に、羊ごとハグされる。俺は片手を羊から離してそれを受け止めた。陽慈は昔からスキンシップ魔だ。理由は知らないが、慣れてはいる。
「ありがと、陽慈」
もう一度、礼を言う。世間は七夕だし、俺にとってもこの日は誕生日というより七夕だが、陽慈にとっては俺の誕生日なんだなぁと思って、兄の背をぽんぽんと優しく叩いた。
陽慈の誕生日には、何を贈ったら喜んでくれるだろうか。きっと、どんなものでも俺に祝われたというだけで嬉しそうにするだろうということが容易に想像できて、少し笑えた。
俺の兄貴はブラコンだが、俺もひょっとすると周りからはブラコンに見えるのかなと少しだけ思った。俺と陽慈の間で少し潰れた羊の顔は、のほほんとして平和そうだった。
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