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薬を飲んでから、促されて横たわる。抱き枕を腹の上に置かれて、少々の恥ずかしさを感じつつも控えめに両腕で抱えた。キヨ先輩は微笑んでいるが、馬鹿にしているわけでもからかっているわけでもないのは分かるので、俺は何も言わない。
「寒くないか」
「大丈夫です……」
「早く治るといいな」
前髪をかきあげて、先程と同じように額に手が当てられる。しばらくそのままにされると、冷たいと思った手からじわりと温もりを感じた。それが気だるさを和らげてくれる気がして、瞼が自然に下りる。
「……寝る?」
「―んん……」
返答にもならない唸っているような声を発する。先輩はまた、微かに笑ったようだった。
「俺がいたら気になって寝られないな」
ふと掌が遠のく。立ち上がった気配に、俺はとっさに温もりを追っていた。
「……ハル?」
「―あ。すみません」
慌てて掴んだせいで先輩の綺麗なシャツにぐしゃりと皺が作られるのを視覚で認識して、慌てて離す。そのままぱたりとベッドの上に落ちそうになった手を、キヨ先輩が掴んだ。
「俺が居てもいいの?」
「……」
優しく問われる。俺は、答えあぐねて緩く唇を噛んだ。いいのはもちろんいいに決まっているのだが、ただ、どうして引き止めてしまったのか。その意図が自分の行動のはずなのに分からなかった。ただ離れた温もりを追いかけただけなのか、それとも――。
「俺は、ハルが俺が居ても寝られるんなら、寝付くまで居たいくらいなんだけど」
心配だし、と丁寧に付け加えられる。苦笑ぎみに持ち上がる口角。
それを見て、自分が何を思ってこんな行動をしたのかということに気が付いた。多分、寂しいと思ったのだ、俺は。少し渋い気持ちになる。
咳払いをして、乾燥した唇を舐める。
「……もうちょっと、いて、ください」
正直に言うのは思ったより難しかった。
岩見が相手なら「帰るの? まだ居れば」とかなんとか、とにかくそんな風でいい。本来の意図を読み取れることは分かっているから、素っ気ない言葉を使えるのだ。
先輩にはまだそんなふうには振る舞えない。
こうやって、自分のして欲しいことをそのまま口に出すのはどうにも羞恥を煽られる。平然とやってのけられる人は大勢いるだろうが、俺には無理だ。
けれど、これもキヨ先輩が相手だからすることで他の誰にもこんなふうに言うことはないだろうとも思う。
先輩は俺の気まずさには気付いていないようで「任せろ」と笑顔を向けてくれた。
言ってよかったと思わせる程度にはいい笑顔だ。
体を倒して枕に再度頭を預けると、布団越しに胸の辺りをぽんぽんと叩かれる。腰を下ろした先輩を見てから、こめかみの奥にある鈍痛から逃げるように目を閉じた。
もうすぐ昼休みが終わる。我が儘を言ってしまったと分かっているのに、やはり申し訳なさより嬉しさが勝るのはいけないことだろうか。
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