My heart in your hand. | ナノ


▼ 3

「―岩見は、笑った顔が一番似合う」
言ってから目を開けてみると、岩見は驚いた顔をした後に照れ臭そうに笑った。

「なあに。お前がそんなこと言うの珍しいな。俺、照れちゃうよー」
「別に。なんとなく」
そっか、と軽い相槌。俺が語らなければ岩見は無理に聞き出そうとはしない。何事もないかのように普通に接してくれる。
やや軽薄そうな雰囲気があるのは事実かもしれないが、それが岩見の本当だと思うのは馬鹿にしているにも程がある。
釣り合っていないどうこうと言われるならそれは俺の方なのだ。岩見は俺と比べるまでもなく性根から優しくて、人のことを考えられる人間なのだから。


「―腹減った」
「うん、飯食おうぜ」
手渡された弁当は相変わらずの出来で、見目にも美味しそうだ。俺は手を合わせて「いただきます」と挨拶をする。
不快な出来事は頭の隅に押しやって目の前の食事に集中することにした。


「あ、エス、あのさー」
「ん?」
ちょうど弁当を食べ終えた頃。他愛もない話を続けていた岩見がふっと思い出したような口調でそう切り出した。
飲んでいたペットボトルの蓋を締めながらそちらを見る。岩見は不思議な表情をしていた。嬉しさと困惑と、あとは遠慮のような感情がいっしょくたに浮かんでいるのだ。
俺は驚いてその顔を凝視した。

「なに、どうした?」
「いや、たいしたことじゃないんだけどさ―」
「うん」
頷いて促してやると岩見はやはり嬉しいのかそうでないのかわからない調子で、友達が部屋に来て夕飯を食べたいと言っている、という旨の話をした。
「へえ、いいじゃん。お前、なんか嫌なの?」
「え、嫌とかじゃないけど……」
「じゃあその顔なに? なんでいつもみたいに喜ばねえの?」

こいつは作ったものを人に食べてもらうのが好きだと思っていたから、なぜ躊躇い気味なのか俺には分からなかった。
岩見は俺を見返してから立てた膝に顔を埋めてしまう。

「岩見?」
「だってさー家族以外とか、エスにしか食べてもらったことないじゃん? 不安っていうか恥ずかしいし、俺の料理皆の口にあわなかったらどうしようとか思ったらさあー」
「この間、北川にプリンあげてただろ」
「ああいう簡単なのはいいんだよ! 失敗しようがないだろ」
プリンって簡単なのか。俺は作ったことがないから岩見の理論は分からない。
「でも、お前の料理は全部美味いし何も気にしなくていいと思う」
「そうかな。ありがとう……」
「岩見って、ほんとに自分のことは過小評価だな」

笑い混じりに言う。恨めしそうな目が覗いてこちらを睨んだので、俺は肩をすくめた。
「じゃあ、今日はお前のとこ友達が来るってことだな」
「うー、うん」
「それなら、俺は食堂でも行くわ」
「え! なんで? 一緒に食べないの?」
「はあ? 俺がいたら、お前の友達が気まずいだろ」
がばっと起き上がった岩見に何を言っているんだと呆れてしまう。

「そんなことない! ……こともないかもしれないけど、でも―」
「いいじゃん、気にしなくていいから楽しめよ」
隣にある肩を軽く叩く。昼休みはあと10分で終了だ。
弁当の包みを持った岩見は勢いよく立ち上がった。

「わかった! 俺の都合でごめんな、明日はエスの好きなもの作る!」
「俺は気にすんなって言ったんだけど」
胡座をかいたまま見上げる。
岩見もこの間、俺に似たようなことを言っていたのに。俺だって同じ気持ちだ。岩見に俺以外に仲の良い友人が出来るのは喜ばしい。その邪魔をしたくない。
「気にしてるとかじゃないけど、そうしたいんだって」と、笑顔になった岩見がこちらに片手を差し伸べてきた。
俺はその手を掴んで立ち上がる。そこそこ体重をかけたが、見た目の割りにひ弱ではない岩見はよろけることすらなかった。

「ふーん。じゃあエビフライ食べたい」
「了解。エスって案外子供舌だよな」
「うぜえ」
卵焼きとかハンバーグとか、オムライスも好きだし、と忍び笑いをされたので脚を軽く蹴った。蹴り返してきたのを避けて文句を言われながら校舎に向かう。

キヨ先輩が忙しくなければ、一緒に食べないかと誘ってみよう。自分で思い付いたことに足取りが少し軽くなった。

一人で食べるよりキヨ先輩や岩見と食べた方が食事は美味しい。

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