My heart in your hand. | ナノ


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中間考査の後の席替えで、俺の席は列の一番後ろになっていた。
現社の授業を聞き流しながら頬杖をついて教科書を眺める。窓から鋭角に射し込む光が丁度俺のノートに当たっている。

隣の席の小柄な生徒が目の上に手を翳す仕草をした。眩しいのだろう。彼はちらりとこちらを見て潜めた声で「カーテン閉めてもいいかな」と囁いた。
教室内は暗くなるが、廊下側の席は反射で板書が見えにくいはずだ。誰もカーテンを引くことに異論などないと思う。そう考えて、俺は軽く頷いてみせた。

目が大きく顎が小さい、小動物のような雰囲気の少年は控えめに笑ってからクリーム色のカーテンを引っ張った。
シャッと鳴ったレールの音に、彼の前の席の生徒が振り返って自分の方にも布を引いた。


室内の明度が少しだけ下がる。日光が当たることで温まっていた左腕に少しだけ寒さを感じた。
とはいえ、空気は既に夏の雰囲気を漂わせている。梅雨入りにはまだ少し早いため、比較的からっとした天気で、俺としては過ごしやすい。
もう暑いとカッターシャツを腕捲りしている生徒も少なくないが。

ぼうっとカーテンを透かす陽光の柔らかな色味を眺めていると教師に指名された。黒板のほうに目を向ける。神経質そうな男と視線が絡んだ。
この学校には女性がいない。教師も養護教諭も男性。完全なる男だけの閉鎖空間だ。―こういうふうに言うとなんともむさ苦しい。

ぼんやりしていたために聞いていなかったと思ったのか、教師は質問をもう一度繰り返してくれた。俺は答えを口にする。正解だったのか彼は頷いてそれについての詳しい説明を始めた。
教室内は静かで教師の声だけがその空間にぷかりと浮いている。目を閉じるとそのまま眠ってしまいそうだった。

▽▽▽

次の授業は体育だ。四限目が体育なんて面倒だなと思いながら廊下を歩く。Aクラスの前を通ったとき楽しげな笑い声が聞こえてきた。
そのなかに聞き覚えのある声が混じっていた気がして俺はふと教室に視線を向ける。岩見がクラスメイトに囲まれて笑っているのが見えた。

作り笑いではない、楽しそうな表情。

「江角」
目を細めてその光景を眺めていた俺は背後からかけられた声に少し驚いてしまった。
ゆるりと首を巡らせれば見覚えのある顔がこちらを見ている。
「なに」
確か、隣のクラスの人間だ。名前は知らない。何かの運動部で、所謂人気がある生徒、だったような気がする。

俺が応じると、彼は顎を引いた。友好的な雰囲気の欠片もない俺の素っ気なさのせいか、そのまま後退りたがっているような仕草をしたが結局は逆に距離を詰めてきた青年と正面から対峙する。

「江角って、あのAクラスの奴とよく一緒にいるよな」
そう言って、先程俺がそうしていたように教室の中の岩見に目を向ける。うっすらと笑みを掃いた唇。その表情が爽やかだと言われているのを聞いたことがある。
俺はあまりそうとは思わなかった。どちらかというと、打算的な雰囲気だ。

「―そうだけど」
わざわざそんな話を振る意図が分からない。だから何だ、とおざなりに肯定すると彼はこちらを見て笑顔を浮かべた。
どんなふうに笑うと自分が良く映るか知っているように見えた。自分にかなり自信のあるタイプなのだろうなと推測する。何の効果も為さない相手に見せる必要性は、分からないが。

「歩きながら話そう、遅れちゃうかもしれないし」
俺とあんたの間で、話すようなことなんてないだろう。そう返そうと思って、けれど彼が話題にしたのが岩見のことだったから、結局は頷いておいた。



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