My heart in your hand. | ナノ


▼ 15

その時、風紀室の扉がそれなりに勢いよく開いた。

「一年Aクラスの岩見でっす! 江角くんのお迎えに来ました!」
「いや恥ずかしいから。つーかお前、入るときはノック、」
「ぎゃー! エスのアホ、何が”目立つ怪我はない”だ! また顔殴られてるじゃねえか!」
駆け寄ってきた岩見は、俺の頭を掴んで引き寄せると険しい顔で傷を検分する。自分では見ていないから分からないけれど、鼻血も出ていないしさして痛くもないのだが。
「今までで一番ましだと思う」
「そういう問題じゃあありません!」

元気な闖入者に、室内のほとんどの意識がこちらに向くのが分かる。
岩見という男の構造はそこそこデリケートなはずなのだが、どうしてだか周りの視線はすぐにどうでもよくなるようだ。通常は気にしているのに本当にどういうわけだ。

「見られてる」
顔を掴む手を押し退けて、下に引っ張られるままに屈めていた姿勢を戻しつつ、簡単に状況確認を促す。岩見は一拍遅れで黒目がちな目を瞬いてはっとした。こほんと無意味な空咳。

「―それで?」
「うん?」
「なんか、処分あんの」
俺を見上げていた目がちらりと後方を一瞥した。つられるようにそちらを向くと、委員長が書類を手にしたまま成り行きを見守るようにこちらを見ていた。視線を戻して、「反省文だって」と告げる。

「そう。なら大丈夫だね。謹慎なんかにならなくて良かったよ。で、もう用事は終わり?」
「……戻ってもいいすか?」
「ああ。遅れずに持ってこいよ」
間髪入れずに委員長が承諾をくれた。分かりました、と頷いて部屋を出る。
お互い、しばらく無言で廊下を進んだ。隣を歩く岩見は、思案げに綺麗な床を眺めている。

「何があったの? ここでは喧嘩はなくなると思ってた」
特に気不味くも重くもない沈黙を、先に破ったのは岩見だった。俺は前を向いたまま可能な限りさり気ない口調を意識した。
「お前と俺が付き合ってると思われてたっぽい。ムカついて煽ったから、喧嘩になった。心配させてごめん」
「お前がムカつくような言い方をされたんでしょ。なら、言われたのが俺でも同じことになってるよ。つか、なにその誤解。ないわ」
「だろ」

あいつらが何を言ったかを、風紀室でのようにわざわざ言葉にしようとは思わなかった。俺たちにとって無価値な奴らのことで、岩見まで嫌な思いをする必要はない。俺ももう忘れることにした。


▽▽▽

「喧嘩慣れしてんだな」

翌日。登校して、始業までの間に読書をしていた俺に、隣の席の赤髪の男こと岸田廉(きしだれん)がそう話しかけてきた。
驚いてそちらを見れば、やや不機嫌そうな顔がこちらを向いている。やはり俺に話しかけたらしい。ちなみに彼は常時―俺の知るなかでは常時―この少し不機嫌そうな面持ちだ。

「なんの話だ」
「昨日の」
「なんで知ってる?」
心から疑問に思ってそう言う。岸田は片眉を持ち上げて、俺も部屋んなかにいた、と言った。
気が付かなかった。
「岸田、風紀なのか」
「まあな」
「赤髪なのに」
「髪色も服装も、校則緩めだから」
なるほど。
言いたいことは最初の台詞だけだったらしく、岸田は腕を枕に寝る体勢に入った。俺も文庫本に視線を戻す。
この学校の風紀委員の活動は他とは少し違うのだろう。それに、風紀という組織自体他の学校ではもう珍しいものだと思う。

本は残り数ページだ。
昼休みはまた図書室に行くことに決めた。


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