My heart in your hand. | ナノ


▼ 43

食事を終えてから、雑談をしたり本を読んだりしているうちに時間はあっという間に過ぎて、夕方近い時間になった。
時計を見たキヨ先輩は、お茶を淹れると言ってキッチンに行き、耐熱ガラスのティーポットとカップ二つを運んでこちらに戻ってきた。

テーブルに置いたティーポットをすっとこちらに押して、「見てて」と言われる。俺は一度先輩を見てから言われるがままにそのポットを見下ろした。
球体の茶葉が底にあった。疑問に思うより前にそれがふわりと綻んだ。ゆっくりと開いていくと、中から花が現れる。その黄色い花の色が溶け出したように透明のお湯が金に変わっていく。じっと見入っているうちに花が開ききった。
顔を上げる。キヨ先輩と視線がぶつかった。ずっと俺の方を見ていたのかもしれない。少し垂れた目が、きゅっと三日月形になる。

「綺麗だろ?」
「すごく。初めて見ました。工芸茶、ってやつですか?」
「うん。これはマリーゴールド」
「へぇ―」
金色の中にゆらゆらと花が揺れている。
マリーゴールドって綺麗な花なんだなと思った。一心に見つめていると、キヨ先輩が笑ったのが気配で分かった。

「ハル、目キラキラしてる」
「綺麗なので、嬉しくて」
子供っぽいと思われただろうか。答えながら少し恥ずかしく感じたが、先輩はそんなことを微塵も思っていさそうな優しい表情でゆるりと頷いて、すっかり水全体が色づいたポットを引き寄せ、カップに静かに注ぎ始めた。ふわりと上品な匂いが香る。

「期待した通りの反応でなにより」
「期待されてたんですか、俺?」
目の前に置かれたカップにありがとうございますと言ってから、小さく笑う。
「うん、喜んでくれそうだなって思ってた。で、こっちを見ても、いい反応してくれるんじゃないかなと思ってる」
言いながら立ち上がった彼を目で追うと、一度キッチンに行って小皿に何かを乗せて戻ってきた。なんのことか分からずに見つめる。先輩はさっきから楽しそうに微笑んだままだ。

音もなく目の前に置かれたガラスの皿の上で、ごく薄い水色をしたドームがぷるりと揺れた。中に茜色の金魚を泳いでいる。もちろん金魚と言ってもまがい物だ。夏にふさわしい涼やかさの、美しい和菓子。
それに目を奪われてからはっとして先輩を見上げた。思ったとおり、さっきと同じようにじっと観察されていたらしい。どうだ、と言わんばかりの表情をしている。
つい笑ってしまった。この人は、俺に綺麗なものを見せることに何か楽しみを感じているらしい。綺麗なものが好きだと話したからだろうか。

変な人だ。しかしそれが嬉しいとも思う。

「錦玉ですね」
「夏に最適だろ?」
笑みを刷いたままの唇で、どうぞ、と勧められありがとうございますと会釈する。口をつけたカップからいい匂いがして、流れ込んだ金色はすっきりした味がした。馴染みのない味だが、美味しいと思う。

そっと切り分けた錦玉は弾力があり、口に含むと甘くひんやりと舌を冷やした。


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