My heart in your hand. | ナノ


▼ 37

岩見は人懐っこいとか友好的と評されるし、初対面の人間とも気軽に親しげに話すことができる。それは岩見の本来の性質ではなくて、そのように振る舞っているからだということを俺は知っている。けれど他の誰もそのことには気が付かないし、本人だって悟らせないでいた。
岩見が苦手と感じるのは基本的に、探るように喋る人間やすぐに悪口を言う人間であって、森下さんはそれには当てはまらない。だから彼には多分いつもと同じような、つまり他の人なら友好的と感じられる態度で接したのだろうと思う。それにも関わらず、森下さんは違和感を抱いたというのだから、俺にとってはそのことこそが意外だった。

観察眼が鋭いのだろうか。彼がどういう人かは知らないが、少なくとも苦手に思われているのではと感じはしてもそれで岩見に悪感情を抱いたふうでないことには安心する。
岩見はわざと壁を作っているわけではないし、何かを偽って友好的なふりをしているのでもないから、友人として、出来れば悪く思ってほしくないのだ。

「あいつ、実は人見知りなんで。森下さんのことが苦手とかじゃないっすよ」
「あー。そういうことか」
事実でありつつ当たり障りが無くて、ついでに直接聞かれたら岩見がそう答えるだろうという言葉を口にする。ならよかった、と呟いて彼は満足げに頷いた。

俺が森下さんみたいに、他人が上手に隠しているものにさえなんとなくでも気が付けるような人間だったら、多分、きっと自分の気持ちが分からなくて右往左往するなどということもないのだろう。
彼の好意も、久我さんみたいに明確できっぱりしていそうだ。

考えても仕方がないことを考えつつドアに背中を預け、ゆらゆらと登っていく煙を目で追う。
鉄製のドアのひんやりとした冷たさが制服越しにも伝わってきたから、すぐに寄りかかるのはやめた。よくこんなところで寝ていられたものだ。ブレザーも着ていないのに。



森下さんは煙草の残りを吸い終えるまでの間に、屋上は普通に出られるけれどこの時期はもう寒いからほとんど誰も来ないとか、むしろ今いるこの場所も屋上も自分のようにGクラスの生徒がよく来るので他の生徒は来たがらない、とかいう事情をたいして思うところもない雰囲気で話した。
俺は視界をぼやけさせる煙を眺めてそれに耳を傾け、相槌をうっていた。

「――んじゃ、俺は帰って寝直すわ」
二本目の火を消し、おもむろに立ち上がった彼を、今度は俺が見上げる。
「また寝るんすか」
「寝る子は育つからな。お前も、考え事ばっかしてねえで、よく寝ろよ」
森下さんは無表情のまま言って、ぽんぽん、と俺の頭を軽く叩き、階段を降りていった。それが小さな子供にするような、というよりは動物に触るような手つきだったから、何だか笑えてしまった。

あまり愛想が無いけれど、冷たいわけでもない感じが楽だ。それに、やはり人のことがよく見えているなと思った。


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