My heart in your hand. | ナノ


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キヨ先輩を、恋愛感情で好きかどうか。たったそれだけの、難しいけれど単純なことを考えていた頭の中をややこしく拗らせたのは、キヨ先輩が他の人と普通以上に親しくするのが嫌だという思いだ。
これが厄介だった。そんなことを思う自分を受け入れがたくて汚く感じる。出来ることなら、そんな感情は捨ててしまいたかった。

あの時あからさまに顔を背けてしまったことを俺は心底後悔している。けれど、もう一度あの場面をやり直すことが出来たとしたって、きっと同じ行動をするだろう。だってあの嫌な感情が俺のなかに芽生えた俺のものであるということを、俺は未だに認めたくないし、誰にも知られたくない。キヨ先輩には尚更だ。
そして、そんな自分を棚に上げて今、彼に目を逸らされたことに落ち込んでいる。ものすごく自分勝手だなと自嘲する。中途半端に客観視じみたことが出来てしまうから、開き直ることもできない。

こんなことを考えるようになる前の自分に戻りたい。だが、そんなことは不可能で、一度芽生えてしまった感情はもう俺の一部だ。どれだけ拒んでも見ないふりをしようとも、その事実はなくならない。それならば受け入れる、しかないのだろう。キヨ先輩と話がしたいと思うのなら。

ふっと息をつく。目を逸らしていたものに向き合い、それが世間一般ではなんと呼ばれるものなのか考えることにした。
不安感、独占欲、あとは嫉妬とか――
「……嫉妬?」
該当しそうなものを羅列したところで引っかかりを覚え、思わず声に出して呟いた。頭の中でその言葉の意味を検索し咀嚼し、首を捻る。俺はあの時、嫉妬をしたのだろうか。確かにそれは知らない感情だった。

考えて、その言葉を繰り返して、なんとなく、ああそうなのかもしれないなと思う。
なるほど、嫉妬か。

椅子に寄りかかって、切り揃えられた爪を意味なく眺める。電気をつけていない教室は、真昼でもほの暗い。
よくわからなかった感情にどうにか名前を与えることができて、そうかなるほどなと一瞬納得しかけたが、気にするべきはなんで嫉妬したのかというところだったと気が付く。

理由は、キヨ先輩の目が他の人に向くのが嫌だからだ。そこまでは分かっている。嫌だと思うのが嫉妬だと仮定するが、ただ友達なら、友達だと思っているならば、嫉妬する時点でおかしいのだということにやっと意識が向く。だったら、俺のこの汚い感情の、本流は。

「――俺はキヨ先輩が好き……?」
確かめようと声に出したが、疑問符がくっついてしまった。
嫉妬するから好き、というのも間違いではないのかもしれないけれど、何か腑に落ちないものがある。だってキヨ先輩から感じた好意はそんな、息苦しいものではなかった。
上手く言えないけれど、こんな、俺自身が汚いと思ったものを先輩に差し出すのは違う。彼がくれたものに似た、温かいものがいい。俺はそれを見つけなければならない。キヨ先輩に渡すために。

―キヨ先輩が、まだ俺にそれをくれるかは分からないけれど。


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