My heart in your hand. | ナノ


▼ 2

ハルを知っていながら別の人間を好きになるということは有り得ないだろうし、例えば何度やり直すことになったって、出会ったのがもっと遅かったりもっと早かったりしたって、俺は絶対にハルを好きになる。
ハルは俺にとって特別で誰にも似ていない存在。他の誰も、俺の中のハルが占める部分に入ることはできない。

ずっと精神的に近い距離でいたい。
今でもそれは叶っていると思う。それなのにもっと近くなりたいと望んでしまう。反面、ハルが俺に抱いてくれているのとは質が異なる好意のせいで距離をとられるくらいなら、このままがいいと思ったりもする。

恋愛対象として意識されたくて、もっと言えば恋人になりたいというのも本当で、隣に居られてハルに特別大切と言ってもらえる関係を捨てるくらいなら好意なんか一生伝わらなくていいと思っているのも本当。
でもどちらに天秤が傾くかというと全部取り払ってしまった奥底では、やっぱり抱きしめたり親密に触れたりすることが当たり前の関係が欲しいのだと思う。
さっきみたいに、すぐに触ろうとしてしまう手が証拠だ。自制は大事。分かっているけれど、最近ほんとうにどんどん駄目になってきている気がする。

触りたくて、触ってしまってももうハルは俺に慣れていて強張ることもなく、それどころか少し嬉しそうに見える表情で受け入れてくれるから、もっとと求めても許されるんじゃないかって。

ハルの好意は穏やかで綺麗。もしかしたら、と俺と同じ好意を期待してしまうのは、俺の思い上がりでしかない。


「殴り合いなんてしたことないしなぁ。乱闘止めに入るぐらいだから、喧嘩ってなったら即負けそう」

笑って言ったけれど、内心別のことを考えていたから、もしかしたら変な顔になっていたのかもしれない。ハルがじっと見つめてくる。全部思考がばれてしまいそうでやや緊張する。そして、ばれたら困るようなやましいものがあるということが少し悲しい。


「……大丈夫。キヨ先輩が傷つくことがないように、俺が頑張るので」
優しい顔で優しいことを言って、ハルは俺の膝をぽんぽんと軽く叩いた。単純に俺の言葉に対する返事というだけではなくて、もっと意味があるものだということは、すぐに分かった。
ハルは多分、俺が思考の内でふと感じた悲しさや苦しさに気付いてくれたのだと思う。

気付いてほしかったわけではないのに、気付いてくれたことが嬉しくて、そのうえでの言葉があれかと思うと、もう、頭のなかが好きという言葉で埋め尽くされてしまいそうだ。
こういうとき、胸の辺りが苦しくて想いで喉がふさがれているみたいに声を出すどころか呼吸が難しくなる。

さっきの我慢を今、無駄にした。
手が伸びて、ハルの髪に触る。なんとか押し殺した結果がここ。俺には、ここならば触れても大丈夫だと思っている節があって、何かというと髪に触ってしまう。

「ありがとう」
何とか絞り出した声は、ちょっと震えた気がした。感情がでにくい、みたいなこと言ったけれど、訂正が必要かも。ハルはただ笑って頷いてくれた。
このタイミングで髪を撫でるのは、子供扱いしているみたいだし、適当に対応しているみたいだけれど、俺の場合はそうじゃないとハルが分かってくれていることがその表情から伝わってきて、嬉しい。

誰も普通は察してはくれないだろうということや言葉にもしていないことを分かってくれる。こういうところもすごく好き。会うたび、言葉を交わすたびに内側にある深い器に好意が積もっていく。これが溢れた後が本当は怖いのに、俺はまた今日も好きを重ねていく。


「俺は、ハルが傷つかないように頑張りたいな」

感情の揺れが収まってから、本気のことを冗談ぽく言ってみた。

自分がハルより弱いのは分かっている。それでも守りたいと思う。
何から、という具体的なものがあるわけではないし、ハルは強くて物理的にも精神的にも傷つけられることなんてほとんどないというのはわかっているけれど。

ここにいれば大丈夫とハルが思う存在になりたい。


何言ってるんだ、と思われたかと表情を窺う。ハルは感情のよめない顔で少し黙り込んでから、徐々に頬を緩めて、最終的にとても喜んでくれているようにしか見えないくらいの笑顔になった。

「――頑張って、先輩。すげえ嬉しいから」

すげえ嬉しいのは俺の方。また好きが積もったのは確実だった。



prev / next
しおりを挟む [ page top ]

210/210