My heart in your hand. | ナノ


▼ 8

一階まで降りて、ロビーにある売店に入る。品揃えはまさにコンビニだ。
弁当は残り少ない。俺は食べたいものがなかったのでカップラーメンにした。結構がっつり食べる岩見は、弁当に加えてお握りを三つも買っていた。

「そんなに食べれんの」
「成長期だもの」
「お前、まだ伸びてんのか?」
「不吉なことを言うなよ、伸びてるよ。この間も成長痛で脚が痛かった」
「俺も痛い」
「お前はもういいよ」
そうは言っても、すくすく育ちやがってと唇を尖らせる岩見と俺の身長差は多分五センチくらいだ。
すぐに同じくらいになると思ってはいるが、実際どうだろう。俺は長身なほうらしいから、岩見がそこまで伸びるかは分からない。

「ああ、そうそう、背を伸ばすために食生活もきっちりしないとな。基本食堂か、自分で作るかだろ」
「俺、料理できねえよ」
「知ってる。作るときは俺がエスの分もするから安心したまえよ」
「お前、大変じゃない? いいの?」
「自分のを作るついでなんだから、大変じゃないよ。それに、一人分とか慣れないし逆に作りにくい。―エスは食堂のがいい?」
「人多そうだから普段は部屋がいい。お前がいいなら作って」
「任せろ!」
その場合、食費はどうするべきだろう。岩見は特待生だから食費も学園持ちだけど、それで俺の分も、というのは卑怯くさい気がする。
それについて聞いてみると岩見はまじまじと俺の顔を見た。

「俺、エスのそういうとこ好きだなー」
「はあ?」
「じゃあこうしよう、買い物は俺のカードとエスのカードを交互に使う! それならよくない?」
ちょうど部屋について、取り出したカードキーをひらりと振って言う。
この学園内ではカードキーがそのまま鍵にも財布にもなるらしい。落とさないように気を付けなければいけないものだ。
特待生のカードは青色で、俺のような一般生は白だった。他にも色はあるらしいが俺たちにはあまり関係ない。

「ああ、それいいな。じゃあ、俺の予備渡しとく。で、それも金使えるように申請するわ」
「頼んだ。じゃあ俺のも渡すね。合鍵ってことで」
靴を脱いで、リビングのテーブルに買ってきたものを置いてから財布に突っ込んでおいた予備のカードを取り出す。
岩見に投げて渡すと青色のカードが代わりに飛んできた。

「さあさあ、カードの交換も済ませたことだし飯を食おう。俺は腹がへって仕方がねえよ」
「お湯沸かしたい。ここのキッチン、すぐ使えんのかな」
カップラーメンのビニールを剥がしながらキッチンに行く。
以前使ってた人もいるだろうに、新築のような綺麗さだ。利用者が変わる度にちゃんとしたクリーニングでも入れているのかもしれない。

「さっき確認したら普通に料理するのに必要なものは揃ってる感じだった! ケトルは右上の棚な」
「ん。すげえな、至れり尽くせりってやつか」
「快適じゃのう」
岩見が言った通り、棚の右上には赤いケトルがあった。水を入れて火にかけて、沸騰するまでの間、先に食べ始めた岩見とくだらない話をした。
湯が沸いて三分後、箸をつけたカップラーメンはよく知った味がした。食べながら味噌じゃなくて塩にすればよかったな、と思ったけれど。

食事を終えた頃には時計は二十時を過ぎていた。到着したのが遅かったから仕方ないが、一日が早く感じられた。

「エス、もう片付け終わったの?」
「うん。殆ど本だからすぐ終わった」
「えー俺も早く片付けなきゃー」
「手伝うか?」
「んー。や、大丈夫。ありがと」
「そ。なら、俺そろそろ戻るわ」

寄りかかっていたソファーから体を起こす。岩見はわざわざ玄関まで俺を見送った。
髪はちゃんと乾かせよという母親にも言われたことのない台詞つきだったが。


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