My heart in your hand. | ナノ


▼ 7

粗方片付けを終えて岩見のところに行くために部屋を出る。
わざわざエレベーターを使う必要もないので階段を登った。目当ての部屋を見つけ、さっき自分のところでそうしたようにベルを鳴らす。岩見はすぐに顔を出した。

「エスー! って、あれ? どした?」
「なにが?」
「なんか、変な顔してね? あ、この場合の顔っていうのは表情のことで、エスは相変わらずとてもイケメンだけど」
「そこは聞いてない。とりあえず入れて」
「おー」
岩見に変な顔と言われるような原因として思い当たるのはさっき北川に聞いたことくらいだ。

俺の部屋とは少し間取りが違うが同じく広い特待生の一人部屋に感心したり、まだ片付けの終わっていないことに呆れたりした後、俺は岩見にその話をした。
俺が話し終えてからも何も言わない岩見の反応を訝しんで顔を覗き込むと形容しがたい表情をしていた。
「岩見」
「……なあに、エスくん」
「お前も知らなかったんだな」
「知るわけないだろ」
「岩見」
「なあに」
「つまり、ここは性欲に堪えかねて男を女の代わりにしているサルとか男子校マジックにかかって女みたいになってる奴がいるって俺は解釈したんだけど」
同性愛者が意図的に集まっているわけではないだろうし、なら、そういうことだろ。映画で観た海外の刑務所みたいだなといろんな方面に失礼な感想を抱く。そのまま取り繕うことなく言葉にすると、岩見は眉を下げて苦笑した。

「身も蓋もない言い方だし、失礼なのかもしれないけど俺も説明聞いたぶんにはそう思ったわー。ああ、でも……うーん、どうなんだろう。元々同性に忌避感がなければ、この環境で性欲を超えて本当に相手を好きになったなんてことも、あるのかもしれないし」
いやでも分かんないね、俺はゲイだしそうじゃない人のことは分からないと呟いて岩見は難しい顔をする。なるほど、確かにそういうこともあるのかもしれない。視野が狭かった。
俺は立ち上がりがてら、岩見の寄せられた眉間をぐいぐいと解してやった。

「いった、何事!」
「腹減った」
「ん、おう?」
「食堂? コンビニ?」
「んー、コンビニで!」
「おう」
ともかく、この学校ではそういう傾向があるのだと理解しておけば今はそれで問題ないだろう。関係ないうちに難しくいろいろ考える必要はない。岩見がいつも通り笑っていられる方が大事。

俺が話を切り替えたので、岩見は素直に食事のほうに思考をシフトさせたようだ。
時間も夕食にちょうどいい頃だ。来たときと同じように財布とスマホとカードキーだけを持って玄関に向かう俺の後ろに岩見がついてくる。
別にここで待っていてもいいのだけれど、本人が来る気なら構わない。

「オートロック、怖いなー」
「まだ言ってんのか」
「そんなこと言って、エスだって閉め出されるかもしれないんだからね!」
「一人部屋じゃないから」
「くっそ。あ、で? 話は分かったけど同室者くん自体はどうだったん」
言われ、少し考える。どうって、どうだろう。

「まあ普通? 変な人ではなかった」
「普通ならよかったじゃん。俺も今度挨拶に行かねばだな」
「何の挨拶」
「俺の親友をよろしく、ちょっと抜けてるけどとっても男前で、見た目と違っていい子だから仲良くしてねって」
「見た目と違ってってなんだよ?」
いろいろ突っ込みたいがとりあえず気になったところを尋ねる。岩見は当然のことのように「エスはツンツン顔だから」といってのけた。

「ツンツン顔……」
思わず繰り返してしまう。褒められていないことは分かる。確かに顔がムカつくとか目付きがどうのとよく言われた。俺はツンツン顔だったらしい。



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