My heart in your hand. | ナノ


▼ 8

生徒会選挙は、どの役職も信任投票によって決定され滞りなく終了した。週明けに行われた全校集会で就任の挨拶を述べた新生徒会長への歓声は一際大きく、彼本人の態度も威風堂々としたものだった。
きっと、全校生徒の前に立ったときのあの自信に満ちた様子こそが普段の湧井さんなのだろう。


放課後になったばかりの教室で、机の上を片付けていると前からなあなあ、と声をかけられた。視線を向けることで応じると、椅子に横向きに座った川森は「数学の範囲がすげえ広くねえ?」と言った。先程の終礼で配られたばかりのテストの範囲表を睨むように見ている。
俺は同じ範囲表を二つに折りたたんで筆記用具と小説と一緒に鞄にしまった。それから「やばいな」と同意する。

「だよな!? しかも見てこれ、課題の量もやばい。ワーク何十ページも指定されてる」
「川森、点数悪かったら部活できないもんね。大変だ」
情けない声を出す相手にそうだなと頷いていると、荷物を手にこちらにやってきた千山が会話に加わった。朗らかな笑みで、あまり同情している様子ではない。
「そうなんだよ! 赤点だけは回避しなきゃ、怒られる」

どの教科も三十点以下をとると放課後の補習対象になるため、部活に参加できなくなってしまうのだという。苦手科目とはいえ、俺はこれまでのテストではそこまで悪い点数をとったことがないが、川森は一度赤点になったことがあるらしい。

「川森って成績、あんまりよくないのか?」
「全然よくない! 数学だけじゃなく、英語も化学も、多分国語もやばいし!」
「大きな声で言うことじゃないよ」
友人に呆れた顔をされ、川森はぬう、と妙な声で唸った。

「よし! 江角、今から暇? 皆で一緒に勉強しねえ?」
「ああ、悪い。俺、図書室行きたいから」
先ほど鞄にしまった小説は図書室で借りたものだ。読み終わったので返しに行くつもりだった。
続きも借りたいが、読み耽ってしまって全く勉強に手が回らないという状態を容易に想像できるので悩むところだ。

「図書室って、ほとんど行ったことないなあ」
「利用者少ないだろ? ラノベとかは全然ないって聞いたことある」
「人はほぼいないな。テスト期間でも、さほど来ないし」
なるほど、そういう理由であまり皆図書室に来ないのか。ライトノベルでなくとも面白い本はたくさんあるのに。とてももったいないと思わずにはいられない。
俺の返事を聞いて、千山は微笑みながら頷いた。

「みんな自習室を使うからね。あそこの混み様はすごいよ」
「俺、自習室も行ったことない。喋っちゃいけない空間ってそわそわするんだよな〜」
だから図書室も苦手なのだとか。確かに川森は静かにしていることが苦手そうだ。
極端に騒がしいというわけではないのだが、地声も大きいし。

「―じゃ、行くわ」
「おー! 気が向いたら今度は一緒に勉強しようぜー!」
「じゃあね、江角」
「ん」
しばらく雑談したあと、二人と別れて教室を出る。
今日も恐らく図書室は閑散としているだろう。人がたくさん居ると落ち着かないので、そのことに何ら不満はないのだけれど。



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