My heart in your hand. | ナノ


▼ 5

「お前、何階だったっけ」
「俺は四階!405号室」
「ふうん、俺は307な」
「おっけー、遊びにいく」
「おー」

会話をしながら降りてくるエレベーターを待つ。三人、俺たちの後ろについた。ひそひそ話しているが、漏れ聞こえる言葉から俺達のことを言っているのがなんとなく分かった。一緒に乗るのかとげんなりしてしまう。
レトロな音を立てて開いたエレベーターから数人が降りる。やはり注視された。外部生は毎年二十人程度しかいないらしいが、内部の生徒全員の顔を覚えているわけでもないだろうに、何がそんなに珍しいのか。

「……ちょっぴり嫌な感じなんだけど。ー―不安になってきた」
「まあ、見られてるだけだし。気にすんな」
乗り込んですぐに、紛れるほど小さな声で呟いた岩見にそう返す。
俺も気にはなっているが、こいつは色々と俺より繊細なので一度気付いてしまえば俺以上に気になるのだろう。へらへらしていて鈍そうに見えるのは完全に見た目だけ。
大雑把な、フォローとも言えない言葉だったが岩見は「うん、気にしない」と呟き頷いた。それを確認してから三階と四階のボタンを続けて押す。エレベーターの扉は音もなく閉じた。

「あ、あの!」
「―……」
「エスっ」
「……なに」
静かな箱の中、自分に声をかけられたのが分かった。気付いていないふうに無視しようとしたが、岩見が咎める声を出したので仕方なく応じる。
俺と岩見ならばどう見ても岩見のほうが絡みやすいという自覚があるぶん、どうしてわざわざ俺に話しかけるのか不思議だ。

「えっと、外部生―だよね?」
「はあ」
「格好いいね! 名前教えてくれる? 僕も一年生だし、仲良くしよう」
同性に面と向かってわざわざ格好いいと言われるのも、突然名前を聞かれるのも初めてだった。驚いて、顔を見る気などなかったのに思わず扉から相手に視線を下ろした。
キラキラ……いやいっそギラギラした目と目が合う。背が低く頬を紅潮させて見上げてくる様子はまるで女のようだが、紛うことなき男だ。ここは男子校なのだから。

「エス?」
小声で呼ばれてハッとする。俺は数度瞬きをして、口を開いた。
「嫌」
「えっ」
タイミングよく扉が開いた。三階だ。
戸惑う岩見の肘を掴んでエレベーターを降りる。最後に視界に入った話しかけてきた人の顔は、まさかそんなことを言われるとは微塵も考えていなかったとでも言うような表情だった。

「おおい、エス! あれは冷たくね? いいの?」
「俺はいつも通りだ」
「そうだった、忘れてた。でもあの子可愛かったなー。まじであんな男いるんだ」
「お前、ああいうの好きなの?」
岩見の口から可愛いなんて評価を聞くのは初めてだったから、少し驚いて尋ねてみる。きょとんとされた上にあっさり首を振られた。

「え、全然。てかなんで俺も一緒に降りたの?」
「俺が降りた後、お前が気まずいかと思って」
「気遣いのできるところも好きよ!」
「あ、階段あっちだな」
「冷たい!」

少し離れた場所に階段を見つけたので指差してやると岩見は大袈裟に頭を抱えてから、何事もなかったかのようにまた後で! と手を振って階段に向かった。




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