My heart in your hand. | ナノ


▼ 25

「エス 、笑ってよー」
こちらを見上げた岩見が言う。その要求は無理難題のように思えたが、へにゃへにゃに緩んだ岩見を横目に見たら思ったよりもちゃんと表情筋が動いた。

視線を久我さんが構えたスマホに戻した瞬間にシャッターを切られたから、多分、写真の中の俺は笑顔だろう。
画面を確認した岩見は表情を明るくして「ありがとう!」と俺に一度抱き付いてから、久我さんと森下さんに礼を言って、ぱたぱたと教室に帰っていった。

「お前らは仲良しだね」
ピンクのシャツを着た背中を見送りながら、久我さんが感心したように言う。
「まあ、友達なんで」と返事をしようとしたら、ぐりっと勢いよく首を巡らせ、真正面から「付き合ってたりする?」と興味深げな眼差しが向けられる。

「ないです」
「あ、即答なんだ。でも友達同士でハグするって、男だとちょっと珍しくねえ?」

窓に寄りかかって、教室を出入りする生徒たちを見ながら、そろそろ俺も仕事をしなければならないなと思った。
それから、久我さんの言うことをそういうものだろうかと考える。確かに、あまりないのかもしれない。だからどうということもないけれど。

「個人差じゃないすか? 岩見がスキンシップ多い方ってだけ」
「そ?」
「はい。つーか、俺、そろそろ仕事します」
「仕事って、江角は何してんの?」
壁に立て掛けていた看板を拾い上げて、よく見えるように持つ。問うた森下さんは、それを見て納得顔でああ、と声を上げた。

「久我さんたちのところはなにやってるんですか?」
久我さんはカーキのTシャツに濃紺のツナギ、森下さんは青のTシャツで、黒いツナギをそれぞれ身に付けている。似合うが、少々ガラが悪いその恰好からはクラスで何をやっているかは推測できない。

「俺らは焼き鳥。気が向いたらおいで」
「はい」
「じゃ、腹も減ってるし、さっさとなんか食いに行こうぜ、安里クン」
「おー。じゃな、晴貴、頑張れよ」
「はい。お二人も、楽しんでください」

二人はAクラスの方に向かったので、もしかすると岩見とはまた会うかもしれない。


さて、役割を果たなくては、と頭を切り替えた。少し移動して、教室前方の出入り口付近に立つ。
いつの間にか戻ってきていたらしい川森は、反対側の出入り口のところに立っていて、俺と目が合うと「お疲れー」と手を振った。

まだ昼時の現在、食べもの系統の店はますます賑わっている。学内だけでこれならば、一般公開の明日はもっと人が増えるのだろう。廊下を行く人に川森が元気な客引きをする。川森にばかり頑張らせるのも悪いので、俺も目が合った人に出来るだけ笑いかけて言葉をかけることにした。
大きな声を出すよりは、やりやすい。それにこの方法も中々良さそうだった。声をかけられた人は無視しにくいのか、大抵ふらっと教室に入ってくれる。

たまに会釈だけ返して通り過ぎる人もいるので、別に俺が威圧しているとかではない。また二人、入口をくぐってくれた背中を見送る。


誰かが「江角くんが浴衣だ」と言うのが聞こえた。振り向けば、風紀委員の腕章を着けた副委員長が立ち止まっていて、その隣でキヨ先輩が笑顔で小さくこちらに手を振った。

「こんにちは、キヨ先輩。お疲れ様です。副委員長も」
「こんにちは。ハルもお疲れ」
「あ、こんにちは。というか俺へのついで感はもっと隠してよ、江角くん」

傍まで来た彼らは、見回りの途中らしい。別についでのつもりはなかったですと答えながら、まじまじと見つめてくるキヨ先輩の視線に意識が向く。


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