My heart in your hand. | ナノ


▼ 20

何度か集会などで顔を見た覚えがある会長が壇上で開会の挨拶をしているのを聞きながら教師陣が並んでいるのとは反対側の、役員の列の方に目を向ける。
探す間もなく目当ての人を見つけた。真っ直ぐに背筋を伸ばして、並ぶ生徒たちの方に視線をやっているキヨ先輩は、風紀委員の腕章をしていつもならほんの少しだけ緩めているネクタイを今日はきっちりと締めていた。

真面目で少し厳しそうな、風紀委員長の顔つき。ついまじまじと見つめていると、ふと首を巡らせた彼と目があった。
あ、というふうに瞬いた後、一瞬、委員長ではなくキヨ先輩の顔になって小さく笑う。

すぐに視線は外れたが、唇にほんの少し笑みの名残が窺えて、遅れて俺もひっそりと笑った。
キヨ先輩がああいう表情をするのは、俺にだけだったらいいのに。ちょっと思ってから、それはなんだか人に気付かれてはいけない思いのような気がして、意味もなく小さな咳払いをしてしまった。

大きな拍手や歓声が響いて、会長の挨拶が終わったことを知る。風紀からの注意事項はキヨ先輩ではなく、気が付かなかったがその隣に立っていたらしい副委員長がマイクをとっていた。
いつもなら大人しく聞いている校長の開会の挨拶などにまで歓声が飛ぶような賑やかな開会式が終わると、途端に体育館内は輪を掛けて騒がしくなった。何百人といる生徒の話し声は、声というより一種の大きな音の唸りのようだ。

「あのっ」
クラスの列の最後尾で看板を肩に担いだままぼんやりと立っていた俺は、隣にいた川森に軽く小突かれて自分が声を掛けられたのだと気が付いた。騒がしくてよく分からなかった。
斜め下を見下ろす。1Bと書いた黄色のクラスTシャツの男が二人。

「なに」
「あの、あの、江角くん、浴衣すっごく似合ってます……!」
「え、ああ――どうも」
ぎゅっと拳を握って力強く褒められた。戸惑って、意味もなく隣に並んでいた川森を見たあと、軽く会釈して応える。そうすると、彼らは少女のようにはしゃいだ声を上げて、走って自分たちのクラスの方へ戻って行ってしまった。
どうやら、俺を褒めてくれるためだけにこちらまで来ていたようだ。驚いた。


「ほら江角っ。もっと看板しっかり持って!」
「ああ、はいはい」
出入り口に向かってクラスごとに纏まって移動するなか、川森に元気に指示される。それに従ってやや高い位置に掲げるように看板を持ち直す。

「さっそく効果あるっぽいなー、いいねーえ」
「そりゃよかった。つーか、川森は接客だったっけ」
俺と全く同じ格好をしているなと思って聞いたら、川森はがーんという効果音でも似合いそうなくらい大袈裟に表情を動かした。
「待って!? 俺、この間ちゃんと、俺も江角と一緒に宣伝係なったからよろしくって言っといたよな!?」
「え、まじか」
「まじだよ! ガチで忘れてた反応じゃんそれ! ひでえ!」

ぎゃんぎゃんと吠えられているうちにそういえばそんなこと言われていたような気がするなと思い出した。
川森のリアクションは全部がくっきりしていて大袈裟で煩いが、少し面白いとも思う。弄られキャラというやつだと千山が言っていた気がする。

「じゃあ、今日は川森と一緒に行動か。よろしくな」
「もう! よろしく!!」
怒りながら返事をされて笑ってしまった。


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