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そんなやりとりがあったのが、秋の終わりだった。あっという間に時は過ぎ、今春、予定通り岩見は志望した藤聖学園の特待生枠を獲得し、俺も無事に合格した。
親は思った以上にあっさりと私立の全寮制学校を許可した。気軽に帰省するような距離でもないことに不満げだった兄も、大学進学を機に家を出ることにしたらしいから、あの家からは急に人気がなくなってしまうようだ。
入試は素行不良で落とされるかもしれないと思ったが、染髪もピアスもなく、反抗的でもなかった俺は中学校の教師のなかでさほど問題視されていなかったらしく、内申は悪くなかったようだ。ともかく、受かって良かった。これまで生きてきた中で一番まともに勉強をした甲斐があった。
入学式をニ日前に控えた今日、俺たちは一足先に入寮して諸々の手続きを済ませるために学園にやってきた。
電車とバスに揺られること三時間強。とある山の上に藤聖学園はあった。
門からなにからとにかく全部がでかい。試験は別の会場で受けたため、俺も岩見も実際にここに来るのは初めてだった。
「あ! エスエス、あれじゃね、寮って!」
パンフレットで見たより大きく感じる校舎を遠目に、はしゃいでいた岩見がふいに俺の腕を引いた。ぼんやりと周囲に茂る木々に向けていた視線をその手が指差す方に移す。
確かにそれらしき建物があった。行こう、と引っ張られるままに歩いていく。
「あー緊張してきた」
「何に? 特待生は一人部屋だろ」
「そうなんだけど、なんかね! てかエスは誰かと一緒ってことだよな」
「それ。ちょっと嫌」
「部屋はそれぞれ分かれてるらしいから、大丈夫だって。なんかあったら俺んとこ来てね、なんもなくても来てね! あと同室の人と仲良くなっても俺とも仲良くしてくれよ!?」
「なに言ってんだよ、お前。妙な心配すんな」
呆れ返って言うと、漸く岩見はずっと微妙に強張っていた顔を緩めて笑った。
これからの生活に緊張しているのかと思ったら、俺のことだったのか。岩見はやたらと俺のことが好きだ。自意識過剰ではないのだからむず痒い。
▽▽▽
寮は清潔でやはり大きかった。全寮制なのだから大きいのは当然かもしれないが。
寮監だという人の好さそうな中年男性から諸々の説明を受けてから、とりあえずそれぞれの部屋に行くことにした。
オートロックとカードキーなんてホテルとかマンションみたいだ。寮監室を出ると、談話スペースを兼ねているという広いロビーには先程までいなかった生徒たちの姿があった。
一斉に視線が集まるのが分かる。
「やっべーカードキーだよエス……俺、オートロックで締め出されちゃったらどうすればいい?」
「廊下で寝れば」
「意地悪言わないでよ、んもうエスくんたら! 助けてくれるって信じてるよダーリン!」
「わかったから早く荷物を持て」
寮生に背を向けている岩見は視線に気付いておらず、ノリノリでふざけている。半目になりながら促すとやっと一度足元に置いたキャリーバッグを持った。
それを確認してエレベーターの方に向かう。ちらちらと見るどころではなく凝視されているのが嫌だった。
不躾だ。雰囲気的に育ちのいい生徒が多そうだと思ったのは誤解だったらしい。
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