My heart in your hand. | ナノ


▼ 15

並んで階段の続きを降りる。風紀室はここからは離れているから、結構歩かなければならない。
途中で会えて、先輩がこれを一人で運ぶことにならなくて良かったなと思う。本当に量が多いのだ。

「準備、どうだ? ちゃんと進んでる?」
「はい。結構順調、だと思います。あんまり揉めずにいろいろ決められてるし」
「そうか、良かった。揉めるクラスはめちゃくちゃ揉めるから」
「Cクラスはやばいって聞きました」
「ああ、委員にもCクラスの奴いるから俺もちょっと聞いたな」
なんとかなるといいけど、と笑いを含んだ柔らかい調子で言う先輩の横顔をちらりと見る。じろじろと見なくとも目の下にクマがあるのが分かる。色が白いからか皮膚が薄いからか、彼のクマは目立つのだ。疲れるとすぐ出来ると本人は嫌そうだが、俺としては疲れているのが分かりにくいよりいいと思ってしまう。先輩は疲れた態度をとらないから、尚更。

「風紀、忙しそうですね」
「うーん、そうだな。忙しい。まあ、生徒会はもっと忙しいから文句も言ってられないけど」
苦笑したキヨ先輩の言葉に、思わず顔を顰める。もっと忙しいって、大丈夫なのだろうか。キヨ先輩が心配なのは当たり前だが、生徒会の人達まで少し心配になってしまった。

「何か出来ることあったら言ってくださいね」
「ある。今日、ご飯一緒に食べて」
即答だった。だが言われたことは予想外だったから、「……そんなのでいいんですか?」と訝しんだ声が出た。俺の反応を意に介さず、先輩はゆるく笑っている。
「うん。それで俺を癒して、ハル」

一拍あけて、俺は顔ごと先輩の方を向いた。そうしながら、癒すという言葉を頭の中で転がす。つい最近、テレビの動物特集番組を真剣に見ていた岩見の「レッサーパンダ超癒し」という台詞を思い出して、レッサーパンダに思考が引っ張られかけたのを、頭を振って修整する。とはいえ、癒しとは。
結論は出なかったが、先輩が返事を待っているので俺は神妙に頷いた。
「……頑張ります」
「ふ、ははっ。頑張ってくれるのか」
「正直、何したらいいのか全く分からないですけど―。前向きに」
「ハルが俺と話して、笑って、名前呼んでくれたら、それで癒されるよ、俺は」
「そうですか。それ、は……いつもと変わらないような」

納得しかけたが途中でおかしいと気がついて首を捻る俺に、キヨ先輩はそれでいいんだよと言う。
本当だろうか。眉間に皺が寄るのが分かった。癒やしてくれと言いながら、普段どおりで良いとはどういうことだ。分からない。だって、そうすると先輩は普段から俺と話しているときは癒されていると言っているようなものではないか?
そこまで考えてから、いや、さすがにないな、と思い直す。恥ずかしくなった。

俺が何をしたらいいか分からないと言ったから、気を張らなくていいようにそう返してくれただけだろう。それならば、俺なりにちゃんとキヨ先輩を労わろうと思った。

「分かりました」
また真剣に答える。先輩は「なんか決意したみたいな表情だな」とおかしそうに俺を見た。



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