My heart in your hand. | ナノ


▼ 14

後日、クラス全体で協議してメニューはクリームあんみつとみたらし団子をメインにすることが決定した。試食したものはどれも美味しかったが、費用対効果や見た目を考えて選ばれたのがその二種だったのだ。

段ボールの束を抱えて歩く廊下は静かだ。放課後に許可されている作業時間はもう過ぎてしまったので、文化祭準備のために残っていた生徒はほとんど帰寮しているだろう。
窓から見える山や並木は少しずつ紅葉したり葉が落ちたりして、秋の様相を呈しはじめている。残暑が続いていると思っていたが、気付けば空気もどんどん冷涼になってこの頃は日が落ちると少し寒い。
もっとも、それは寒がりの俺にとっての話であって、実際には岩見が「夜も涼しくなって過ごしやすいな」と嬉しそうにするくらいの気温だ。

委員長から頼まれたとおりに、余った分の段ボールを所定の場所に返却し終えた。俺もあとは帰るだけなので、そのまま玄関に向かう。
階段に差し掛かった辺りで聞き覚えのある曲が微かに聞こえてきた。どこかで吹奏楽部が練習をしているらしい。
なんという曲だったろうか。思い出そうとしながらゆっくり階段を下りていると、後ろから何枚も紙が降ってきた。意識が音楽に向いていたからかなり驚いた。

「悪いっ、手が滑っ、て―」
振り返ると、慌てた声が途切れる。階段の上には目を丸くしたキヨ先輩が立っていて、ハル、と呟いたのが唇の動きで分かった。

「キヨ先輩。……こんにちは」
階段と踊り場に散らばってしまった書類のうち一組を拾い上げた。もう一度見上げた彼はまだ固まっていたが、挨拶をすると我に返った様子で階段を降りてくる。
その手には大分厚みのある書類の束があった。落としたのはその中の一部だったようだ。それでもかなり散乱しているので、全部落としていなくて良かったなと思う。

「こんにちは、まだ帰ってなかったんだな」
「はい、今から帰るところでした。とりあえず、これ拾ってしまいましょう」
「あ、そうだな。ごめん。ありがとう」
ホッチキスで端を止められた書類を二人で屈んで拾っていく。落ちた拍子にページが折れてしまったものを直しながら、しばらく黙々と、盛大に散らかったそれらを集めた。そうして全部を拾い終える頃には、俺の手にもちょっとした紙の束ができあがっていた。

「ありがとう、助かった。それ、この上にのせてくれるか?」
既に手で掴めないくらい分厚い書類の山を抱えた状態でそんなことを言う。俺は持っていたものは渡さず、反対に先輩の方から半分くらいを取った。

「えっ」
「手伝います。多すぎ」
「帰るところだったんだろ、気遣わないでいいから―」
「また落としたら、大変でしょ」
半ば遮るように言うと、先輩は口を噤んで少し眉を下げた。

「あんたがこんな大量の書類一人で運んでるの見て、そのまま放って帰るなんて、嫌です。だから手伝いたいのは俺の為です」
キツい言い方をしてしまっただろうかと少し慌てそう言い直す。彼は考えるように一瞬静止して、なぜかさっきよりももっと落ち込んだような顔になった。

「キヨ先輩?」
「あー……、ごめん。俺、今面倒な奴になってた。手伝ってもらえたら助かるのに無意味に遠慮するし、そのせいでハルにそこまで言わせるし―」
遠慮するのは、手間をかけさせたくないと考えるからだと分かっているから、面倒とも無意味とも俺は思わないけれど。先輩はそんなふうに自己嫌悪じみた呟きをこぼしたかと思うと、次には首を傾げて彼を見ていた俺とぱっと視線を合わせた。
「やっぱり手伝ってほしい。風紀室まで一緒に運んでくれるか?」
「もちろんです」

何か区切りがついたらしい。わざわざ改めて彼の方から頼んでくれたので、俺は喜んで、と笑った。



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