My heart in your hand. | ナノ


▼ 12

湯気を吹くと、紅い水面が揺れる。カモミールティーはちょっとリンゴに似た匂いがする。味は違うけれど。

「先輩のクラスは何するんですか」
「ん。あー、なんだったかな」
仕切り直しの問いかけに、頭の中を探るように先輩の視線が左上の宙を泳ぐ。

「話し合いのとき、参加してなかったんですか?」
「委員会の方で用事があって抜けてたんだ。待って、クラスメイトからメッセージで教えてもらったんだった」
テーブルの上に置いていたスマートフォンを手に取って操作している姿を、紅茶を飲みながら眺める。教えてもらって、聞いたけど忘れたってことだろうか。

「あ、そうそう、コーヒーショップ」
「喫茶店とは違うんですか?」
「コーヒーメインで、基本的にドリンク専門にするみたいだな」
「へえ」
「服装はこういうのだって」
ひょいと向けられた画面を見るために少し身を寄せる。ネットで見つけてきたのだろうと思われる男性の画像が貼られていた。シャツに黒いベストとネクタイ、同じく黒の腰巻きエプロン。ギャルソン、で合っているだろうか。

「キヨ先輩に似合いますね」
その格好をしたキヨ先輩を思い浮かべたら、どう考えても似合っていたからつい声のトーンが上がった。俺の反応に、先輩は意外なことを言われたというふうにぱっと目を丸くする。
「え、そうか?」
「はい。すごく格好良いと思います」
「ハルにそう言われると嬉しいけど、着るかは分かんないな。慣れない格好するの恥ずかしい気もするし……」
「、あ―そっか。先輩が着るって決まったわけじゃなかったですね」
勝手なことを言ってしまった。
思い込みで少しテンションが上がってしまったのを誤魔化すように視線を外して「すみません」と呟く。途端、キヨ先輩が慌てた様子で口を開いた。

「待って、やっぱり着る。着るから。多分、クラスの方に参加できるのは短時間だと思うけど、接客やるって言っておく」
「え? でも……。無理しないでください」
慣れない服装に躊躇う気持ちはよく分かる。しかも風紀の方で忙しくなるのだとしたら、尚更着ない選択をするのは当然のことと思う。
急に意見を翻した理由が分からず、目を瞬いて言えば、キヨ先輩は首を横に振って「してない」と言う。
「本当ですか?」
「本当です」

真面目に頷かれた。真剣な表情をするような内容だろうか、とおかしくなる。
笑ったら、理由はどんなものでもいいかという気になった。先輩がそう決めたのなら俺は素直に、期待通りになったと喜んでおくことにする。

「じゃあ、あの格好のキヨ先輩見られるの楽しみにしてますね」
「うん。俺もハルの衣装楽しみにしてる」

俺の方は楽しみにするようなものでもないというか、前に寝間着とはいえ浴衣姿を見ているキヨ先輩からしたらさほど物珍しいものでもないと思うけれど。嬉しそうに笑いかけられるとそんなことは言えなかった。
代わりに、「期待しておいてください」と偉そうなことを言っておく。どうせなら変に恥じらったりせずに着て、褒めてもらおう。今決めた。



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