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親しげに話しかけられたり当たり前みたいに傍に来られたりするのが嫌いだった。だが、川森たちの言動はそれに該当するはずなのに俺は全く嫌だと思っていなかったのだ。
何が違うのだろう、と中学のときに俺や岩見の傍に来ていた人たちとクラスメイトを思い浮かべてみる。
中学のときの奴らには打算があった、ように思う。俺は、あの治安の悪い学校の中で自分で言うのもおかしなことだが比較的喧嘩に強い方だったから、寄ってくる人は俺と親しくなることを武器にしようとしていた。現に、知らないところで名前を使われていて身に覚えのない恨みを買っていたようなことも度々あったし。でも今のクラスメイトたちはそれとは違うのだ。何のメリットもない。それなのに、俺に話し掛ける。
こういう損得に関わらない関係は、仲良くしていると言っても間違いではないのだろう。
「―そっか。俺、クラスメイトと仲良く出来てたんですね」
積極的に仲良くしたいと思っていたわけではなかった。そんなふうに考えていなくともいつの間にか交友関係ができるということもあるのだなと思う。岩見と仲良くなったときも先輩と関わるようになったときとも違うから、気付かなかった。
少しの間黙り込んでいた俺をせっついたりせずに眺めていた先輩は、俺が最終的に呟いた言葉に対して
「俺とか岩見みたいに?」と何気ないふうに言った。
「あんたらはもっと特別なので」
二人と同様にかというとそれは全く違う、と思う。
先輩が淹れてくれたカモミールティーのカップを持ち上げながら、同じくらい軽くそう返してから、すぐ後に自分が何を言ったか気が付いて思わず顔をしかめた。
面と向かって大事だとかどうこう言ったことがあるのに今更だと思われるかもしれないが、本当は特別だとか好きとか大切だとか、そういうことはあまり口に出さないものだと思っている。というか、言葉にすると気障ったらしい感じがして嫌だから言いたくない、のに。
俺の非難めいた視線にキヨ先輩はとぼけた様子で、なに? というような表情をしてみせたが、口元が笑いそうになっているのを隠せていない。
俺がうっかり言う気のないことを言ったと分かっているのだ。というか、あのさりげない聞き方もわざとだったような気さえする。勘繰りすぎだろうか。
「わざわざ言わせないでください」
俺の答えが分かった上で聞いたのは確かだ。だが、それに答えるかどうかは俺の問題だったのだから先輩は悪くない。
理解していつつも、簡単に言葉を引き出されたのが悔しいような恥ずかしいような気分でつい八つ当たりみたいに詰ってしまう。
「ごめんな」
お前が勝手に言っただけだろと言われてしまえば俺は黙るしかないのに、キヨ先輩は悪戯っぽく笑って謝ってみせる。
その顔に喜色が滲んでいるのが分かるから直視できないし負けた気分だ。
俺たち以外に誰もいないときと、人目があるときの先輩は少し違う。他の人がいるところでさっきのようなからかい混じりの態度はとらないし、こんなに笑わない。二人だけのときのキヨ先輩は、気が抜けていて年相応な感じがするし最近は殊更によくそう感じる。
多分、これが先輩の一番自然にしている状態なんだと思う。それを俺に見せてくれている。
くそ、と心の中で何に対してかもわからない悪態をつく。俺は、先輩がなんにも飾っていないような素の様子を見せてくれるのがとても嬉しいのだ。
本気でもない不機嫌な顔を保っていることができずに笑ってしまう俺を、じっと見つめてくるキヨ先輩の目は大切に撫でられているみたいに優しくて、そんなふうに感じることが照れくさかった。
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