My heart in your hand. | ナノ


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「アイス、たべ、たーい!!」
岩見が天井に向かって声を張り上げた。この広さの部屋で出す声量ではない。音量調整がおかしくなったのかと、俺はベッドの上に寝そべった姿勢のまま胡乱げに視線だけを投げた。

さっきまでスマホでゲームをしながら腰掛けた椅子をぐるぐると回していた岩見は、いつの間にか動きをとめてこちらを見ていた。丸くて黒目がちの眼で、フクロウみたいにじっと見てくる。俺が何か言うまで同じことを繰り返されるか見つめられ続けるパターンであると察して渋々反応する。
「食えばいいだろ」
「あったら大人しく食べてる! 無いの!この部屋には! アイスが! 無いんだよ!」
「テンションどうした」
いつも通りと言えばいつも通りだが。あまりでかい声を出さないでほしい。
読んでいた漫画を閉じて、サイドボードの上に置く。岩見が新刊が出るたびに購入している少年漫画だ。勧められて読み始めてみたら確かに岩見が好きなのも分かるなと思う面白さで、それなりに集中して読んでいたのだが。
胡座をかいて向き合うと、岩見はぱたぱたと両手で自分の足を軽く叩いた。


「買いにいこうよー、それで外で日向ぼっこしながら食べようよー」
「はあ?」
なんで俺まで、という俺心心情をしっかりと読み取ったらしく、ぷっと片頬が膨らむ。男がそういう仕草をするのはアリなのだろうか。いや、性別は関係ないか。だが、この年齢でどうなのかとは思う。

「いいじゃん! 構えよーぉ」
「ゲーム飽きたんだろ」
大きな首肯に笑って、カーテンを全開にした窓の方を見る。今日は日曜日。もうすぐ三時になる頃だ。外は明るくて太陽できらきらしていた。
俺は少し考えてから一つ頷く。
「いいよ。一緒に行っても」
「おっ、さっすがエス! 愛してるー」

立ち上がりがてら「愛が軽いな」と指摘すると丸い目が面白そうに細まる。

「なーに、もっと真剣に愛を囁かれたい?」
「遠慮しとく」
お前が俺を好きなことなんて知ってるし。続いた言葉に一瞬きょとんとした岩見は、すぐに得意気に顎をあげた。

「エスこそ、俺のことが大好きだろ」
「バーカ」

否定も肯定もせずにそう返すが、答えは分かっているというように嬉しげに笑われる。
自己評価が低くて、向けられる好意に否定的な岩見が、こんなふうに言うのはすごいことなのだと思うから、俺はそのニヤニヤ笑いがムカついたって黙っておく。


▽▽▽

どこかで蝉が鳴いている。もう合唱というほど大きなものではなくなっていて、「生き残りが鳴いてるねぇ」と岩見がしみじみした口調で言う。
「落ちてるセミ、生きてるか死んでるか分かんねえから嫌」
「それな! あれ、足閉じてるか開いてるかで見分けられるらしいけど、俺若干視力低いからそれなりに近付かないと足なんか見えねんだよなー」
「閉じてたらどっち?」
「死んでる? だったはず。あれ? 違うかも、生きてるんだっけか」
「そこ大事だろ。逆で覚えてたら、油断して傍通って倍驚くことになるぞ」
「確かに!」
景気よく笑って食べかけのアイスをくわえたままスマホを取り出して検索しだす。俺はそれを隣から覗き込んだ。

「ん、合ってた合ってた。閉じてたら死んでるんだって」
「覚えとこ。岩見は見える距離まで近付いてるうちにセミに暴れられそうだな」
「そんなチキンレースしたくないんですけど」
不服そうな顔の唇の端がアイスのチョコレートで汚れている。
「口、チョコついてる」
「え、どこ」
「そっちじゃなくて―」

指図するのが面倒で、そのままぐいっと指で口元を拭ってやると岩見は「むぐ、」と呻いて顔をしかめた。同時に近くから「ひえ」とひっくり返ったような声もして、俺は反射的にそちらを見た。
知らない人が立ち止まって両手を口に当てていた。俺と目が合うと、その人は何故だか真っ赤になる。
「す、すみません!」
「は?」
首を傾げるよりも早く寮の方に走って行って、俺はぽかんとその背中を見送った。まだ岩見の顔に触ったままだった手を取られる。
「なあ今の人、なに?」
俺の指についたチョコレートをポケットティッシュで拭っている岩見に尋ねると、岩見は目だけで俺を見上げた。

「誤解したんじゃない?」
「誤解?」
「イチャイチャしてると思われたんだよ、きっと。ウケるー」
いちゃいちゃ、と反芻して俺は今度こそ首を捻った。
「なんで」
「あのね、エスー。多分普通のお友達は友達の顔触ったりしないのよ。俺らあんまなんも考えずそゆことしちゃうけどね。だから、今の人は俺たちがらぶらぶしてるとこ邪魔しちゃったと思ったんじゃないかな」
説明を聞いてもあまりぴんとこなかった。キスしたわけでもないのに、と思う。

「よく分かんねえな、そういうの。まあ、元々勘違いされてるし別にいいか」
今のところ、わざわざ付き合っているのかと聞かれるのが煩わしいというくらいしか支障がないから、何か変なのかとか普通とは何かなんて考えなくてもいい。そう結論づける。
「お前、結構大雑把だよね」
笑われて、お前もなと返した。


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