▼ 世界はそれを2
「―とういうことで。何か質問ありますか」
副委員長は資料に視線を落とす風紀の面々をぐるりと見回したあと、江角くんのところで視線を止める。彼はすっと目を上げて微かに首を振った。
「はい、じゃあ当日は各自決められた通りに動くように」
仕事モードになっていた副委員長がひらりと手を振ったことで俺たちは打ち合わせが終わったことを察して、それぞれが元の仕事に取り掛かりはじめる。
副委員長は職員室に用事があると退室した。俺はといえば、既にやらなければいけない書類はすべて終わっている。少々手持無沙汰になって、委員長の隣でぱらぱらと資料をめくっている江角くんを見つめた。
今は座っているがさきほど並んでいたのを見た限り、委員長とほとんど変わらないくらいにすらりと背が高い。一年生だというのに発育がいいなと羨ましく思う。
「西川、これ」
「あ、ごめん。ありがとう」
声をかけられて、はっと確認が要る書類を手渡してくれた同学年の委員に意識を向ける。俺の傍らに立った、友人でもある彼は先ほどの俺の視線をたどるように江角くんの方を見た。
「ほんと、美形が並ぶと圧巻だよなあ」
「はは、そうだね」
「つーか、委員長が連れてきたよな? あの二人普通に会話する仲なの?」
不思議そうにいう彼に、俺はさあ、と首を傾げた。見れば、俺たち以外の委員たちもちらちらと二人を窺っている。控えめな視線に気付くことなく、江角くんは読んでいた資料から顔をあげ委員長を見た。
「キヨ先輩」、と。その唇から飛び出した呼称にぎょっとしたのは俺だけではなかったらしい。
思わず顔を見合わせた隣の彼も、周囲の委員も目を丸くしている。
委員長が、委員長か名字以外で呼ばれていることもそれが愛称じみた呼び名であることも驚きだが、それ以上にその響きが柔らかな親しみを感じさせたことに俺は仰天していた。
俺は江角くんがGクラスの生徒と喧嘩をして風紀室に連れてこられた日にその場にいた。あの時、委員長に向かって発せられた第一声は当事者でもない俺が少々ビビってしまうくらいには冷たく静かな怒りを含んでいたというのに。
今、言葉を交わす二人はどう見ても親しげである。
そしてさらに俺たちを驚かせたのはその後、江角くんに何か言われ、いつもやや堅い態度を崩さない委員長が見たこともない顔で笑ったことだ。
俺とは次元の違うすごい人。特別な人だと思っていた彼の、まるで普通の青年のように屈託のない楽しそうな笑顔。
俺たちといる時でも委員長はたまに笑うけれど、それはこんな風ではなかった。もっと大人びていて思慮深い雰囲気だったと思う。
「すげえ……委員長ってあんなふうに笑うんだな」
「全く同意見」
「江角って何者……?」
本当に、と友人と二人頷きあった。
この日、風紀委員たちのなかで「江角晴貴は委員長の特別な人、かもしれない」という共通認識が生まれたことは委員長ご本人には今のところ秘密にしておこうと思う。
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206/210