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目が覚めると、室内はうんざりするほど暑かった。
よくこれで寝ていられたなと我ながら少し驚いた。窓からは強い光が射し込んでいる。目を開けた途端に眩しさを感じて、顔をしかめながら起き上がった。どうやら昨晩カーテンを閉めずに寝てしまったようだった。
階下に行く。両親は昨日も帰ってこなかったらしく、リビングもダイニングも昨夜のままだ。相変わらず忙しそうだなと他人事のように思う。まあ自分のことではないのだから実際他人事だが。
俺が小さいときもっと繊細で寂しがりだったら、親から忘れられているのではないかと不安に思っただろう。そのくらい、うちの親は昔から家に居ない。うっすらある保育園の頃の記憶では、暗くなるまで親を待っていた気がするし後半はランドセルを担いだ兄が迎えに来ていたように思う。
五、六歳の頃に近所の道場で空手を習い始めてからはそれに夢中になっていたし、元々甘えたがりというわけでもなかったので特に寂しいと思ったことはない。
三つ上の兄が常に傍にいてくれて、何くれとなく世話を焼いてくれたお陰もあるだろう。自分も幼かったのに、よくもあれほど細やかに俺の面倒を見れたものだ。
両親は仕事が最優先だが、こちらに愛情がないわけではないことも知っている。だから彼らに対して特に負の感情はないし、親として大切に思っている。兄と同じ程とまではいかないけれど。
顔を洗って歯磨きをするだけのつもりだったが、寝汗が不快だったので結局シャワーを浴びた。部屋に戻ると、スマホに不在着信の通知が一件。表示された名前を見てから俺は掛けなおすために画面をタップした。
『はぁい、俺だよ。おはよう』
「おはよう。ごめん、シャワー浴びてた」
『朝風呂とかやぁらしーい。女でも連れこんでんの、晴くん』
「はぁ?」
『冗談だよー。お前がそんなことしない子だって、お兄ちゃん知ってる』
「そういうのいいから。どうしたの」
受話口から聞こえた兄の声は、相変わらずゆるゆると力が抜けている。テンションが妙に高いのもいつも通り。このテンション、ちょっと岩見に通じるものがある。
俺は相手に聞かせる為の分かりやすいため息をついた。そんな反応はどこ吹く風で、兄はくすくすと笑っている。
『愛しの晴くんに、いつそっちに戻るか教えてあげなきゃと思って』
「へえ」
『反応薄いなあ。ま、来週の水曜に帰るから、ご馳走用意して待っててね』
水滴が落ちたので、俺はスピーカーに切り替えたスマホを机に置いて首にかけていたタオルでわしわしと髪を拭いた。
「
兄の名前は陽慈と言う。本人は俺に陽くんと呼ばせたがるが、低学年くらいからはずっと呼び捨てにしていると思う。
『俺、ジャンクフード好きだと思われてんの?』
ちょっと心外そうだ。笑いながらシャツを着る。
『明志が焼いたふわっふわのパンケーキ、メイプルシロップにバニラアイス添えがいいな』
語尾にハートがつきそうな声音だった。
「それは、陽慈の為に俺が岩見に頼むってこと?」
『うん』
「はあ……。あいつがいいっていったらな」
『さすが晴貴』
渋々そう応じれば、少しだけ声のトーンがあがる。
他には特に用もなかったのか、他愛のない話をいくつかして、あっさりと通話は切れた。メッセージのやり取りはたまにしていたが、電話は久しぶりだった。全く変わっていないようでなによりだ。
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