My heart in your hand. | ナノ


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風情を感じる前にうんざりしてしまうような騒々しい蝉の鳴き声に迎えられて降り立った、地元の最寄り駅。主要駅から六つほど下りに位置するこの駅は、数年前の改装で綺麗にはなっているのに活気の無さがそこかしこから滲み出ているようなところだった。

俺たちの地元は、自然が豊かで美しいわけでも、利便性と交通網が発達しているわけでもない中途半端な田舎、と表現するのが一番分かりやすいと思う。別に卑下しているわけではない。俺はこの場所がそれなりに好きだし。

「ああー、疲れた! お尻痛くなっちゃった」
岩見が前傾姿勢になって、くたりとしながら弱音を吐く。
俺も座り続けて体が固まってしまった。頭上に腕を上げて、強張りを解す。どこかの関節から音が鳴り、けらけらと笑われた。


「あー。やっぱ学校は山だし比較的涼しかったんだな」
「だな。熱気がやばい」
「って言いながらエスはなんっか涼しげ」
不満げに目を眇められるが、俺も普通に暑い。寒がりなので他の人よりは多少暑さに強いというのはあるかもしれないが。涼しげというのはよく分からなかった。

アスファルトが灼かれて、陽炎が揺れている。吸い込む空気すら熱されて、じっとしているだけで汗をかいてくる。
行こう、と促して歩き始める。岩見の家は駅からほど近い。

「エスって青! って感じだよな。あとは清流とか氷とか」
「なにが? 俺、冷たいの好きじゃないけど」何の話だ。最後の氷という単語だけ拾って返す。話が飛んだように感じたが、ちょっと考えて、先程の涼しげという発言と関連しているのだと分かった。

「そういうイメージってこと。だから暑いときも涼しそうに見える」
思ったとおり、岩見はそんなふうに続けた。
「ふうん。じゃあ、岩見はオレンジだな」
「う、ん? え?」
「イメージ。あ、オレンジよりは蜜柑色だな。蜜柑色、分かるか?」
「色は分かるけど」
駅のそばの神社を通り過ぎる。鬱蒼とした木々からうねるように蝉の鳴き声がした。
「あとは、蛍」
「蛍?」
「うん」

岩見は首を捻ってしばらく静かになった。
青色に清流、氷。俺も岩見が羅列したものと自分との繋がりがよく分からなかったので、お互い様だ。

「……あ。じゃあさー、あの人は?」
「どの人」
「委員長。何色?」
虚を突かれたが、俺は素直にキヨ先輩のことを考えた。

「薄くて明るい緑」
「ほー、なんで?」
明るいところで見たとき、瞳に閃くグリーンフラッシュのような緑が脳裏に浮かぶ。それから目をキュッと細めて口角を上げる、こちらまで釣られてしまうような笑顔。
「なんとなく」
岩見に対してのイメージとは違って、連想の根本は明確にあったけれど、気付けばそんな風に返していた。隠すようなことではないし、言うのが恥ずかしいわけでもないのに。濁した意味が自分で分からず、唇に手を当てた。
あの瞳が光によって色合いが変わって見えることを知っているのは自分だけだったらいいのにと思っているのも自覚する。理由の分からない不思議な願望だ。

「じゃあねー、タカは?」
岩見は特に追求せず、新たな名前を上げた。
俺も思索をやめて、それに乗る。手軽な戯れじみてきた。俺達は家に辿り着くまで共通の知り合いの名前を挙げて、だらだらとこの緩い会話を続けた。



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