My heart in your hand. | ナノ


▼ 淡想

晴貴と岩見に助けられた強姦未遂被害者な少年の話(その後)。



昼休み。購買で購入したパンを食べ終えた僕は、窓際の自分の席に座って外を眺めていた。視線の先にあるのは、ここからだと少し遠くに見える噴水のほとり。強い日差しにきらきらと輝く飛沫が涼し気だと思う。

「鵜飼、何見てんの?」
「……、えっ?」

ぼうっとしていたせいで、正面からかけられた声への反応が遅れた。振り向くと友人はじいっと窺うように僕を見ていた。どうやら先ほどからずっとそうやって視線を向けられていたみたいだ。

「ごめん、なんて?」
「何見てんの? って聞いたの。随分熱心じゃん」
箸を咥えたまま返される。苦笑して行儀が悪いよ、と言うと友人は素直に箸を下ろした。
なんて答えようかな。少しだけ逡巡する。

「……んー、別になんにも。外暑そうだなって」

ふうん? と全く信じていなさそうな相槌。友人は僕の先ほどの視線をたどるように窓の外に目を向けた。

「ああ、なるほどぉ―」
「な、なに?」

意味深に納得した声を出されてついどもってしまう。失敗。こちらに向き直った彼のじとっとした目と目を合わせづらくてほんの少し俯く。

「なんにも、なんて誤魔化しちゃって。王子さま見てたんでしょ、王子さま。噴水のところにいるもんな」

ああ、もうばればれじゃないか。

「―王子さまとか、変な呼び方しないでよ」

唇を尖らせぼそぼそと抗議する。ちらりと目をやった先で友人はつんっとした表情で腕を組んでいた。

「なーんだよ、うじうじもじもじして! 親衛隊の子たちみたいな仕草」

女々しい! とはっきりきっぱり言われる。相変わらずオブラートに包むということをしない。悪気がないのは知っているけれどその言い方は親衛隊に入ってる子たちに失礼だと思う。
今の僕が女々しいのは認めるけれど。

「そんなに気になるならお礼でもなんでも言いに行って来ればよかったのに」
「わざわざ会いにいったら面倒かなって思ったんだよう……」
「ていうかなに? どっちに対してそんな乙女感出しちゃってるの? 江角? 岩見?」
どっちって、どっちだろう。お礼を言いたいのは、江角くんも岩見くんもどっちもだ。


まだ梅雨入りもしていなかった頃、上級生に捕まってしまって抵抗虚しく暴行をされかかったところに、飛び込んできて助けてくれたのが彼ら二人だった。襲われた出来事そのものも衝撃的で今思い出しても身震いをしてしまうけれど、その後もすごかった。

僕がどれだけ手足をばたつかせてもびくともしなかった体格のいい男たちを、彼らはまるで軽い喧嘩ですといったふうに倒してしまった。すごいなあと思ったし、格好いいなあとも思った。江角くんも岩見くんも身長が高くて強くて羨ましかった。
男らしさのかけらもない見た目にあつらえたように力もない自分へのコンプレックスは強まったけれど、代わりに憧れを抱いた。

そして「よく頑張ったな」とかけられた言葉を何度も何度も思い出してしまう。だって、嬉しかったんだ。僕がただ震えていただけじゃなくてちゃんと抵抗したんだって、か弱いだけじゃないんだって認めてもらえたみたいだった。
本当は、そこまでの含みを持たせた言葉ではなかったのかもしれない。けれど、僕には意味のある言葉だったから。

「たぶん、江角くん―だけど。別に、好きとかそんなんじゃないからね」
「ふうん、で、どうしたいの?」
「どうって……」
「話しかけたいとか、見てるだけでいいとかー、友達になりたいとか?」
「とっともだち!?」
思わず繰り返した声は裏返っていたし無駄によく響いた。同じように教室で食事をしていたクラスメイトたちの不思議そうな視線にさらされてはっと口をつぐむ。

「なにその過剰反応」
「笑わないでよー……」
けらけらと無邪気に笑われると恥ずかしさが増していくようだ。うう、と唸って肩を縮める。

「わかんないけど、友達とかだいそれたことは―」
「だいそれたって、別に生徒会でもなんでもないでしょ、江角は。誰かに文句言われるわけじゃないじゃん」
「そういう感じじゃなくってさー、こう、さー、その、憧れ? みたいなのがあると、めっそうもないって気持ちになるでしょ……」
「ああ、王子さまだもんね」

ふふっと友人が少し意地悪な笑い方をする。だからその呼び方やめてってば、と呟く。
確かに江角くんは格好いいけれど、王子って感じではないと思う。もっときりっとしてて強いイメージだし、そういう痛々しい例え方をするなら騎士様というほうが合っている。
そんなことを口に出したらもっとからかわれるだろうからもちろん言わないけれど。

そっと視線をまた窓の外に向けた。噴水のほとりでは江角くんが岩見くんと仲良く昼食をとっている。僕が彼を見ているときはたいてい岩見くんといる。そうでなければ一人。だから僕は、江角くんはあまり人と関わらない人なのかなと予想していた。

顔のいい外部生ということでただでさえじろじろ見られるだろうに、僕が呼び出してお礼を言ったりしたらもっと好奇の目で見られるのでは、とかいろいろ考えていたら改めてお礼を言うタイミングをすっかり逃してしまった。
それは岩見くんに対しても一緒。風紀室でありがとうと声をかけたのが最後だ。


「ごちゃごちゃ考えすぎだと思うけどねえ、俺は」


呆れた様子の彼に、僕は小さく首を竦めた。


prev / next
しおりを挟む [ page top ]

203/210