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「ありがと、越智くん。久しぶり」 「おー、久しぶり」 「越智、後にしてよ。俺らの自己紹介が先だろ。すいくん、俺、慎介な。慎でいいよ」 「慎くん、よろしくお願いします」 ピンクがかった茶色の髪の、背の高い人は親しげに笑ってくれた。大丈夫そうだ。ぺこりと頭を下げて、残りの一人を窺う。眼鏡をかけた、個性派お洒落系っぽい人。じーっと俺を見てから口を開く。
「篤史。あっくんって呼んで、すい」 「あっくん」 「うん」 言われるがまま呼ぶとあっくんは、真顔で満足げにうなずいた。 「なに、お前。あっくんとか呼ばれたかったの? 呼んでやろうか」 半笑いの香くんにあっくんが首を横に振る。 「香たちからは、要らない」 「なんだそれ」 香くんは関心の薄い反応をして、慎くんが持っていた袋を奪うと中に入っている大量のパンをカーペットの上に並べ始めた。
「慎くん、あっくん。おれとも仲良くしてくれると嬉しいです。いい?」 「いいよ」 あっくんが即答してくれた。
「香から聞いて楽しみにしてたって! 敬語使わなくていいから、すいくん」 慎くんはおれの隣に座って肩を組んできた。ちょっと甘い、香水のいい匂いがする。 「わかった、ありがとう。慎くんも、すいって呼んで」 「おっけー。」
二人が優しくてよかった。そしていい友人らしき二人と香くんの仲が悪くなるようなことにならなくてよかった。ほっとしたら空腹を思い出した。
「よかったな。香」 菓子パンと惣菜パンを左右に分類していた香くんは、越智くんにそう話し掛けられてちらりと視線を上げた。 「大丈夫って知ってた」 平然と言っているけれどそれならそうと言ってくれれば、おれは少しも不安にならずにすんだんだけどな! たくさんのパンの中からおれが好きなメロンパンとチーズの入ったフランスパンとあんパンを目の前に置いてくれたから、文句は口にしないけれど。
「これ、おれも食べちゃっていいの? お金―」 「たんとお食べ! 金は香から徴収してっから気にすんな」 「わーい、ありがとう! 有り難く頂きますっ」
ぱちん、と合掌してあんパンを手に取る。皆もそれぞれ好きなパンを選んで食べ出した。ごはんタイムだ。
焼きそばパンを片手に持った慎くんは、おれの顔をじっくりと眺める。 「思ったより香と似てない。予想と違ったわ。越智が弟はぽやっとしてるっつーから香以上に甘い系だと思ったのに」 ぽやっと、という表現が気になってそう言った本人だと言う越智くんに視線を向ける。
「雰囲気の話だって。顔だけで言うと、すいの方がちょっとしゅっとした感じだよな」 越智くんはにこっと笑ってそう言う。おれは雰囲気ぽやっとで顔はしゅっとしてるの? 感覚的過ぎる形容について考えていると、フルーツサンドを食べていたあっくんが「香は甘口、すいは甘辛ミックスって感じ」と続けた。なんだろう、その女の子のファッション雑誌にでも出てきそうな表現。
「俺は父親似で、すいはどっちにも似たんだよ」 早くも二個めのパンに手を伸ばしながら、香くんが教える。おれはもぐもぐと口を動かしながらそうそう、というように頷いた。ちなみにおれは四人兄弟。上のお兄ちゃんは母親似で、お姉ちゃんは父親似だ。あっくんの言い方にならえば、それぞれ辛口の顔と甘口の顔。 「へー。」 納得顔で頷いている慎くんを尻目に、越智くんが「すい、同じ部屋の奴にはもう会ったか?」と別の話を振ってきた。こくんとパンを呑み込む。
「会ったよ」 「どうだった? 仲良くなれそうか?」 どうやら心配してくれているらしい。
「わかんない。あんまり話さなかったし、おれ、今日からよろしくねーって言ったんだけど『あーはい、どうも』みたいな感じだった。会話はそれだけで、自己紹介的なことはしてない」 「えー微妙だな。仲良くなるのに最初に会話続くかどうかって大事じゃね?」 「うーん、ね」 顔をしかめる慎くんに、ゆるーく首を傾げながら曖昧に答える。正直、おれはあんまし同室者くんと仲良くなれる気がしていない。遠慮なく上から下までおれを眺めてきた上にほんの短い会話の間、にこりともしなかったし。おれはちゃんと愛想笑いしたのに!
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