ダイヤモンドをジャムにして | ナノ



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そんなこんなで、今日の午前中に入寮を終えて、明日には入学式が控える身、というわけである。

「そもそも香くん、なんで全寮制なんて選んだの」
「寮がすぐそばにあるからギリギリまで寝てられるじゃん」
ちょっと迷いかけながらも無事に寮の香くんの部屋に到着したおれは、ベッドにころころ転がっていた。ちなみに芝生やら桜の花びらやらがついていた服は着いて早々に着替えさせられた。そうしないとベッドに上がることは許してもらえなかっただろう。何気ないおれの質問に香くんは事も無げに言って、地元だと電車に乗らなきゃいけないようなとこばっかだったし、と付け加えた。

「ああ、それ、おれも思ったよ。徒歩で10分かからないって最高だよね」
「だろ」
「逆に寝すぎて遅刻しちゃわないかな」
「安心しろ。俺はよくする」
「だよね」
香くんはおれの兄ちゃんだもんね。香くんが咥えた煙草の煙が細くあけた窓の方へと漂っていくのをぼんやり眺める。

「ていうか香くん、なんで呼んだの? おれ、お腹空いた。ご飯食べに行こうよ。食堂行ってみたい」
「友達にお前のこと紹介する。飯も買ってきてくれるから。食堂は夜な」
「そゆことー」
それなら大人しく待っていよう。ベッドの上で寝返りをうって俯せになる。友達とのご対面か。
「仲良くできるかなぁ」と小さく不安をこぼれた。

「別に、出来ない奴は切るし」
気負わなくていい、というつもりで言ってくれているのだろう。けどおれはその言葉が嘘ではないことを知っているからこそ仲良くなれるかを心配しているのだ。香くんは、「弟と遊ぶとかださい」とか「なんでいつも弟も一緒なの」とか言われても別に怒らないし気にもしないけど、そう言った人とはもう仲良くしなくなる。本当にあっさり切り捨ててしまうのだ。友達なのに、って思うけどおれも友達が香くんのことあまり良く言わなかったら仲良くする気が失せるだろうから、そういうことかなと思うことにしている。いや、おれ、そんなこと言う友達いたことないんだけどね。
それはともかく、香くんがこの一年親しくしてきた人達との関係をおれは大事だと思うし、それにこんなことを言っていても香くんは、本当は友達を大事にする人だから、出来れば今から来るという人達がおれとも仲良くしてくれたらなぁと思わずにはいられないのだ。友達のうちの一人は、去年の夏休みにうちに来ていたことがあって、もう仲良くなってるから大丈夫って分かってるんだけど。

でも、今まで香くんの友達はおれの友達でもあったから、完全に香くん単独で仲良くなった人達と会うのってちょっと緊張する。中学までは友達っていうのはいつも香くんとおれが遊んでいるところに加わって一緒に遊ぶ人達のことだったし。
近所に住んでいるのが香くんの同級生ばかりでその人たちが連れてくるのも当然おれにとっては一つ上の学年の人だったから、必然的におれは同学年に友達が少ない状態になったというわけだ。

携帯灰皿に吸い殻を入れながら、香くんが「おせえな」と呟いたとき、狙ったかのように部屋のドアが開いて見知った人が現れた。と思ったらその後ろから他にも二人が顔を出した。この二人は知らない。
「わりー、遅くなった。購買混んでたわ」
「パンめっちゃ買ってきたー!」
「香、財布返す。ちゃんと割り勘したから」
「おう。」

次々に喋る三人が俺たちの方まで歩いてくる。見知らぬ二人が興味津々な目でおれのことを見るので、へらっと笑って体を起こし、会釈する。
「これ、弟。」と香くんはめちゃくちゃ雑な紹介をした。

「初めましてー、香くんがお世話になってます。弟の朝霧翠(あさぎり すい)です」
「すい、合格おめでとう。待ってた」
挨拶したおれに視線を合わせてそう言うのは、おれが唯一知っていた人。越智(おち)くんだ。眉のとこに一つと耳にたくさんのピアスが特徴の、彫りの深いお顔の人である。ピアスとワイルドな顔立ちのせいでぱっと見かなり怖そうだけど、優しい人なのは把握済み。


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