12
そっとドアを開ける。生徒会の子は、優世くんが使っていた席に腰掛けていた。他には誰もいなくて、彼一人だけ。二人きり。 う、とちょっと怯んでから、中に踏み込む。そういえば、優世くんは副会長さんに呼ばれて慌ただしそうだったのに、彼は行かなくていいんだろうか。よく分からない。
「遅かったね」 にこにこ笑っている。遅かった、と言っても一二分の差だろうから、おれは謝罪も反論もせず自分が使っていた席に座った。お話するというから横向きに座って彼に向き合い、代わりに椅子を押し下げて壁を背もたれにした。
「ああ、そうだ。自己紹介がまだだった。俺は佐竹」 アイドルみたいな、愛嬌のある笑顔におれもへらっと笑い返す。何言われるんだろーって構えているときでなければ、ふつうに感じのいい子だと思うはずだ。 「おれは朝霧」 「うん、知ってる」 ぶったぎりである。感じ、いい……? とおれはちょっと口をすぼめた。
「敷島に対して、なんか親しげだなあっていうのが気になっててさ。どういうきっかけで知り合ったの?」 「ええ、と。」と言いながらちょっと背筋を伸ばした。仲良くするなと咎められるわけではないらしい。少し安心して、返事を考える。 きっかけ。階段から落ちたって人に言うのは、恥ずかしい。笑われるか変な目で見られるか、という反応なのは分かりきっている。友だちなら笑われても平気だけれど知らない人だと羞恥心がわく。
「おれが、こまってたときに助けてくれて」 結果、濁した言い方になる。具体的ではないがまっさらな真実だ。 「ああ、そういうこと。それで懐いちゃった感じか。敷島は、ああ見えて本当は優しいもんね。分かりにくいけど」
ちょっと言語化できないもやもやが湧いて、お腹の前できゅっと手を握った。 相手はにこにこと人好きのする爽やかな笑顔のまま続ける。
「言い方が悪かったりきつかったりするけど、怒らないでやってね。まあ俺はそういうとこもちゃんとわかってるんだけど。敷島の唯一の友達だし」 唯一、を強調した言い方に小さな反発心。付き合いはそりゃ短いけどおれだって優世くんと友達だわ。あと優世くんのことよく知ってますって感じめっちゃ出してくるじゃん!
「……おれも、友達だよ。それに、優世くんが優しい子だなんて最初から知ってるもん」 「え。ちょっと待って。なんで名前で呼んでるの?」 他にも言い様はあったはずなのに結局は小さい子みたいに張り合っただけだった。笑われるかなと思ったら、予想に反して佐竹くんは笑みをかきけして、心底驚いた顔をした。
え、そこ? てか、にこにこしてたのが急に消えると無条件に怖い説ない? なんでと言われても、と言葉を探して目を泳がせる。そのとき、入り口から室内を覗きこんだ優世くんを見つけた。優世くんはおれに何か言いかけたけれどすぐに傍にいる佐竹くんに気がついて怪訝そうにした。
「優世くん」 ほっとして呟くように呼ぶ。それを聞いて佐竹くんも入口を向いた。
「あれ、敷島。もう来たんだ」 「―こいつに用なんかないだろ。絡むなよ」 答えず、すっとおれと佐竹くんの間に入った優世くんが、低い声で言う。あれ、おれ絡まれてたのかな? いや、おれが優世くんを見て安堵したりなんかしたから、そう思わせてしまったんだろう。どちらにも申し訳ない。 違うんだよ、と優世くんの裾を引こうとする。佐竹くんは優世くん越しにふとおれを一瞥してから口角を上げた。
「……心外だなぁ。ちょっと話しかけただけだよ。ねえ、朝霧」 「あ、うん! うん、お話してただけだよ」 振り返った優世くんに、分かりやすく大きく首を縦に振ってみせる。 いつの間にか、もう授業の時間が近くなっていたらしい。廊下から賑やかな声が近付いてきていた。すぐに部屋に他の子達が入ってくる。
佐竹くんはいつの間にか立ち上がっていて、ほらね、と微笑んでさっさと自分が座っていた席の方にいってしまった。あっさりである。優世くんはそれを目で追ってからおれに「話って、なんの話だ」と問う。
不機嫌。いつものそう見えるだけのやつなのか本当に不機嫌なのかは今はわからなかった。 「ええと、なんのって言うほど大した話はしてないよ。雑談? かな。優世くんとおれが仲いいから、気になったんだって」 「それだけか?」
これはたぶん、嫌なことを言われていないかと聞かれているのだと思う。さっきの「絡むな」って言い方もそうだし、優世くんは佐竹くんがおれに何か意地悪をすると思っているのだろうか。さっきと同じように大きく頷く。 それで優世くんも納得したらしい。そうか、と呟いてさっきまで佐竹くんが座っていた席に腰かけると何事もなかったかのように授業の準備を始める。
不機嫌そうな雰囲気も跡形もなく消えているから、やっぱり、不機嫌だったわけではないんだろう。 少し考えて躊躇したが、どうしても気になったからおれはひそめた声で問いかけた。 「……優世くん、佐竹くんと仲良しなんだよね?」
「は?」 佐竹くんは唯一の友達だと言っていたのに、優世くんはさっき佐竹くんに警戒した態度をとっていた。おれが変な感じだったからかもしれないけれど、それにしたって友達なら、佐竹くんが何かしたり言ったりしたせいだとは思わないだろう。ふしぎだ。優世くんは変なことを聞かれたというように首を傾げて、 「いや、別に。中等部のときから一緒に生徒会に入ってるから、他よりは会話するけど、仲がいいわけではない」 「そっ、かーー」 なんか、察してしまった気がする。優世くんって友達だよ!って感じに接しないと友達判定してくれないタイプだ。おれなら他より会話する子は友達って思うのに優世くんは違うんだ。おれ、優世くんに対して最初からお友達なろう! 仲良しだよね! みたいなスタンスでよかったよ。
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