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優世くんは一度目を逸らして、またおれを見た。ちょっと、挑戦的な目付きだ。 「中学のとき、俺とちょっとでも親しげに見られた奴は無視されたり物隠されたりした」 「元々無視されてるみたいなものだから、どうでもいいよ」 「――もし、暴力とか振るわれたら、どうすんだよ。お前小さいのに」 言うほど小さくないよ。高一男子の平均くらいはあるよ。なに、今日は小柄扱いされる日か? と不満に思ったがそれは置いておいて、自信ありげに胸を反らしてみせる。 「体格差があっても、複数人相手でも、やりようはある。不本意だけどやんちゃ坊主扱いされてたのは伊達じゃないよ」 片手を放して力こぶを作ってみせたらむにむにと神妙に二の腕を揉まれた。やめたまえ。
「たとえ階段から突き落とされてもリンチされても、おれが、優世くんと仲良くしたいの。だから優世くんもおれが嫌がらせされるって理由で友達やめるとかは、言わないで」 「たとえが物騒」と呟いてから、優世くんはふは、と溢すように笑った。かぱ、とおれの口が開く。優世くんがちゃんと笑った。二回目だ。しかも、すごく嬉しそうな、楽しそうな、子供っぽい笑顔だ。 「わかった。お前が気にしないなら、俺も今日みたいなやり方はやめる。」 でも何かあったら隠すなよ、と続ける優世くんはおれが急に黙ったことに不思議そうにして、「翠?」と顔をよく見ようとしてくる。はっとしたおれはあわてて言葉を探した。
「か、可愛いねえ……?」 「は?」 気持ち悪いおじさんみたいなことを言って、なんだこいつという目を向けられる結果に終わったけれど。 口のなかで咳払いをして、少しだけ姿勢を正す。
「約束してくれる?」 「なにを」 「おれが優世くんと友達だからっていう理由で意地悪されても、仲良くするのやめる系の解決策は選ばないって」 優世くんは黙っておれを見た。 「何かされるくらいなら親しいと思われない方がいい、と俺は思うけど、お前は違うんだな?」その通り、と大きく頷いてみせる。 「分かった」 優世くんが言うやいなや、おれは「じゃあ約束ね」と左手の小指を差し出した。 「幼稚園児かよ」 「まあまあ、一緒に童心に帰ろうよ」 厭そうな顔をしても結局してくれるだろうという自信はあったし、思った通り優世くんはおれの催促に手を出して指切りをしてくれた。おれが友だちだと思っている人はみんな、子供っぽいことにも乗ってくれる人だから、優世くんもそうだということが嬉しかった。
「うへへへ」 「気持ち悪い」 そんなこと言って、照れているだけでしょう。ちょっと口の端を曲げて、にこにこするおれを観察していた優世くんが、ふいにおれの背後を見た。何かあるのかと振り返ってはじめて、耳が砂利を踏む音を捉えた。とたんに川の音も木が風に揺れる音も鳥の鳴き声も、ひとりでいるときは当たり前に聞こえていたものが全部帰ってきた。 どうやら話している間、優世くん以外の全部が意識の外に追い出されていたらしい。ずいぶん集中していたようだ。ほう、と感心していたら、低く差し掛かる枝を避けるようにして見知らぬ人が現れた。
「敷島! こんなとこに居たの。探したよ」 その人は笑って言ったあと、おれを見て不思議そうにした。おれは顔を戻して、だあれ? と小声で尋ねる。 「生徒会のやつだ。もう戻らねえと。――今行く」 低く答え、次に立ち上がりながら離れた相手にも届くように声を上げるのを聞きながら、おれは時間を確認した。いつのまにかそれなりの時間が経過していたみたいだ。昼寝をしているひまはなさそう。 歩き出した背中を目で追いかけたら、ふと振り返った優世くんが、こちらにちょっと口角をあげてみせた。 「また後でな。お前もそろそろ戻った方がいいぞ」
真顔かしかめ面が標準装備みたいな優世くんが、面白いときも楽しいときもげらげら笑ったりしないみたいな優世くんが、そんな親し気な表情を見せてくれたことにびっくりして、なんならきゅんとしてしまったから、ぶんぶんと頭を縦に揺らすくらいしか反応ができなかった。 おれ、さっきも今も、優世くんの笑顔に耐性が無さすぎないだろうか。いや、おれは悪くない。全然笑ってくれなかったのに急に笑顔を惜しまなくなったらしい優世くんが悪い。でも今後も惜しまず笑ってほしいので、おれは早急に耐性をつけて変な反応をしないようにならないといけない。ぎゅっと胸の前でこぶしを作って今後の目標を掲げるおれを置いて、優世くんは生徒会の人が待つ小道の方へ向かっていく。
合流すると、二人は並んで道を戻っていった。相手の人が楽し気に優世くんの肩を叩いたのが見えた。仲がよさそうだ。あの人は同じ生徒会だから気にせず仲良くできるということだろうか。納得してから、ほんの少し、優世くんに余計な気を遣わせないですむのは羨ましいなと思った。
「おれも戻ろっと」 急に、ちょっとだけ寂しいような気がした。
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