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「気のせいかと思ってた。なんで知らんぷりしたの? 手振ったの、嫌だった? なれなれしかった?」 自分で言いながら、『なれなれしい』という理由はないなと思った。なぜならおれがなれなれしいのはいつものことで、優世くんはそれを悪くは思っていなかったはずだから。というか、手を振られるのすら嫌な人が、こんなぴっとりくっつかれて平気ということはないだろう。案の定、優世くんは「違う」と首を振った。 ちいさな要素をつなぎ合わせて事実を導き出すような推理力は持ち合わせていないので、これ以上考えてもちんぷんかんぷんだ。無駄なことはせず、目を伏せて大人しく優世くんが次の言葉を継ぐのを待つことにする。
押し黙ったり見つめたりしていたら急かしているみたいに思われる気がしたから、おれは姿勢を戻して少なくなってきた皿の上の食べ物を無くすことに専念した。最後に残った焦げかけの玉ねぎを呑み込んだところで、タイミングよく優世くんが話し出した。 「お前は、この学校で生徒会がどんな風に扱われているか知ってるか」 それとこれとがどう関係するのだろうと不思議だったけれど、とりあえず考えてから答えた。「んー。なんか、人気? なんだよね? あと立候補しただけじゃなれないって」 言っている途中で、優世くんが聞きたいのはたぶんこんなことじゃないなと気がついた。そして、怪我したおれを助けてくれたのが生徒会の人だと知ったときの、あっくんの反応を思い出す。おれは優世くんの表情を見ながら言葉を継いだ。
「……で、ファンがたくさんだから仲良くすると嫌味言われたり嫌がらせされたりするって聞いた」 うつむきぎみに耳を傾けていた優世くんは、さっとおれを見た。その顔は何かの感情を一瞬見せたけれど、判別がつく前にすぐに無に戻ってしまった。 「知ってたんだな」投げやりなような関心がないような、平坦な言い方だった。
おれは、ただ、ああそういうことだったんだなと思って、みぞおちのあたりにくすぐったいような感じがわきあがった。紙皿をぺいっと地面に置き、身を乗り出して、優世くんの様子にも構わず、その両手を掴む。 「優世くん、人前でおれと仲良くしたら、おれがみんなに意地悪されちゃうかもって思ったの?」 「は、」優世くんは、真顔のままちょっと口を開けた。
きゅっと包み込んだおれより温度の低い手をぶんぶんと揺らす。あっくんから生徒会に対する周囲の動きを聞いたとき、おれは生徒会の人大変そうだなーと他人事の感想を持っていた。でも、実際に優世くんがそれを気にしていて、そしておれが嫌がらせの対象になったら嫌だと思ってくれたのかと考えたら、一番に浮かぶのは『嬉しい』の一言だ。だって、気にかけていなければそんなふうに思わない。仲良くしたいと思ってなかったら、友達だってばれないように無視したりなんてしない。少なくとも、俺はそうだ。 優世くんは、おれが嫌がらせされて離れていったら嫌ってことでしょう。 にこにこしていると、優世くんがおれから取り返すように手を引き抜いた。 「―知ってたなら、なんで」 「え?」 「意味わかんねえよ、お前。知ってたくせになんで友達なんて言い出したんだよ」一瞬、唇を噛んでから吐き出すように言う。「……意味、わかんねえ。しかも、なんか嬉しそうにするし」 なんなんだよ、と最後はちょっと力の抜けた調子だった。不可解な、理解できない者を見る目をしている。声にもはっきり困惑が浮かんでいて、おれも困惑である。不思議なことなどなにもないのに。 「えっ、おれの方が意味わかんないんだけど。嫌がらせされるかもってだけで優世くんと仲良くしない方向には、ならなくない?」 負けじと眉間にしわを作る。おれは険しい顔が似合わないらしくて、真剣にそういう顔をすると香くんはぜったいに、それこそちょっとした言い合いをしている最中でも笑うんだけれど、優世くんは笑わずにただ瞬きをした。 「おれ、そんなんでビビったりしないよ。てか、実際なんかされてもそれは優世くんもおれも悪くないじゃん。人の交遊関係に口出す奴なんか馬に蹴り殺されてドブで死ねって言うでしょ」 「―聞いたことない」 細けぇこたぁいいんだよ! と言う代わりにおれはもう一度優世くんの手をぎゅっとした。
「優世くんがおれに何かあったら嫌だなって思ってくれたのは嬉しいよ、おれも逆の立場ならそうだからね。でも、他の人たちの目が理由なら、おれは普通に、誰の前でも優世くんと仲良しでいられる方がもっと嬉しい」 親しい人ですら微妙なのに、まったく親しくない人たちに言動を制限されるのなんて、考えるだけでとても不快だ。そんな人たちがいるせいで、優世くんがさっき、おれを怒らせるかもと思いながら意思に反した行動をしたって事実も。たぶん、人目がなければあのとき優世くんは普通に何かしらの反応をしてくれたはずだったのだ。
うん、決めた。何かされたら徹底的にやり返そう。停学くらいまでならオッケーの気持ちで。香くんという使える人も使う。はなから遠巻きにされているし。何もないならないで、それが一番楽だけれど。腹は決めておく。 一人でうなずいてから、にこー、と笑いかけた。
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