ダイヤモンドをジャムにして | ナノ



3




にぎやかな声が遠くなる。代わりにさらさらと流れる水の音が絶えず聞こえるようになった。落ち着く音だ。
おれは手ごろな岩をみつけてそれに腰かけた。日光に温められた表面はほんのり温かい。いい天気でよかったなあと思う。
たくさん盛られた野菜と少しのお肉をのんびり食べていると、砂利を踏む規則正しい音が、水音に交じってどんどん近づいてきているのに気が付いた。顔を上げて、歩いてきた方に向くのと同時に足音は止まって、そこには所在無げな様子で優世くんが立っていた。

「あれ、優世くん。偶然だね」
手招きすると、優世くんは不満げな表情で近づいてきて「偶然じゃない」と言う。普段に増して愛想がないような気がした。疲れているのだろうか。
よかったらどうぞ、と同じ岩の空いたスペースを叩くと、大人しくそこに座ってくれるから、機嫌が悪いというわけでもなさそうだけれど。
「どういう意味?」
「―翠が、こっちに行くのが見えたから」
答える前、優世くんは言いにくいことでも言うみたいにすこしためらった様子を見せた。
言いづらい内容とも思えなかったが、優世くんにそれ以上に説明を求めるのはなんだか酷なことのような気がしたから、おれはただうなずいた。

「優世くんも、ちゃんとご飯食べられた?」
「ああ」
目力強めの双眸が、おれの反応を余さず見てとろうとしているように思える。そんなに凝視しても、おれはおれのままですよ。見られて困ることもないので、のんびりと野菜を口に運ぶ。美味しい。
キャベツ、ピーマン、玉ねぎときたところでとなりの優世くんがぐしゃぐしゃと自分の髪を乱すのが視界に入った。おれはちょっと焼けすぎた肉を食べながら首をかしげた。どうしたの、と促したつもりだったけれど、優世くんはもうおれを見ていなかったから伝わらない。

口の中を急いで空っぽにして、上体を屈めて優世くんの顔を下から覗き込む。表情は無。今、どういう感情なんだろう。何か考えているんだろうなということは分かるのに何を考えているかは分からなくて、もどかしい。
さっき、言いにくそうにしていたときに本当はもっと、違うことを言いたかったんじゃないかな、と推測してみる。いっそ追及すべきだったのかもしれない。
「優世くん、おれに何か言いたいことがある?」
「言いたいことあるのは、お前じゃないのか」
「んん?」
おれはぎゅっと眉を寄せた。その返しは予想外だ。おれが優世くんに言いたいこととは。
優世くんの視線は、おれから逸れたあとは地面に落ちたままこちらを見ないから、目を見て真意を探ることもできない。仕方なく姿勢を元に戻す。

「ごめんね、優世くん。そう言われてもおれ、思い当たることが無いんだけど」
察しが悪くてちょっと申し訳ない。ヒントをください、という思いを込めてとなりにある肩にもたれる。優世くんは少しの間黙り込んでから、ようやくちらりとおれを見た。
おれもくっついたままじっと見返す。この距離でも十分鑑賞に堪えうる顔だ。
「―怒ってると思ったのに、怒ってるように見えない」
「だれが? え、おれ?」
自分の顔をゆびさすと、こっくりと幼気なくらい素直にうなずかれた。

「ぜんぜん、怒ってないよ。なんで怒ってると思ったの」
「……さっき、無視しただろ」
おれが? と言いかけてすぐ気づく。言いたいのはきっと、優世くんが、おれを無視したということだ。だから無視をされたおれが気を悪くしているはずだと考えて、多分、詰られることを予想しつつ一人になったおれのところに来たのだ。なのにおれは怒っているとは思えない態度だから、優世くんは訝って、困惑している。そういうことだろうか。
その推測が当たらずとも遠からずであることは、優世くんの一連の態度や言葉からわかる。おれはぱたぱたとまばたきをして、
「やっぱり、あれあえての無視だったんだ!?」

おれの大きな声に、優世くんはまた不満げな顔をした。いや、今分かったけれどこれは『不満』ではなく『気まずい』顔だ。



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