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考えてみると、敷島くんは最初に話したときからおれのことを知っていてそれでも普通に会話してくれたのだから急に態度が冷たくなるわけがなかった。ちょっと一瞬卑屈になっちゃってた。でも、越智くんたち以外で普通に話してくれる人が新鮮なのは事実だ。
「……、名前、ゆうせってどういう字書くの?」 「優秀の優に、世界の世」 「へえぇ」 す、すごい。全然嫌がらずに答えてくれる。まあ今日までにおれが話しかけたのってほんの数人だけなんだけど。その数人だけでおれの名前を知ってる人はおれと話したがらないと結論付けていたのはすこし早計だったのかもしれない。いや、でもそのたった数人が全員非友好的だったっていうのもすごくない? もう4月も終わりかけの現在までの友達事情について考えていた俺は、敷島くんが立ち止まったことで我に返った。おしゃべりしたりぼーっとしたりしているあいだに、保健室に到着したらしい。
「失礼します」 「まーす」
ドアをノックして礼儀ただしく声をかけた敷島くんの語尾をリピートすると、ちょっと呆れた目を向けられた。にこっと微笑みで応えておく。敷島くんは無反応。愛想がないなあ。 室内からの返事はなかったが、敷島くんはドアを開けた。
「いないな」 おれを抱えたまま中に足を踏み入れて、小さく呟く。保健室は明かりがついていたけれど空っぽだった。 敷島くんは椅子のそばまで歩いて行ってから、おれを危なげなく下ろしてくれた。素晴らしい筋力ですね。
「連れてきてくれてありがとう、敷島くん。」 今気づいたんだけど、おれは保健室の場所も知らなかった。一人だったら歩けないし場所も分からないしで八方ふさがりだった。
「ああ。それ、骨は大丈夫そうなのか? 」 「あ、うん。たぶんふつーに捻挫」 ぱたぱたと脚を動かす。痛みは少しましになっていた。でもちゃんと固定してほしいから、先生を待とうと思う。
敷島くんはおれを下ろしたら手持無沙汰になったようで、ちょっと所在無さげに周りを見渡している。
「ねー敷島くん。生徒会ってどんなことするの?」 顔と頭のいい勝ち組集団という外からの印象は聞いたけれど、実際に何をしている人達なのかは全然ピンとこなかった。生徒会とか、おれ的には地味なイメージしかないから余計に。 敷島くんはちょっと間をあけて「生徒の活動に関わること全般を、円滑に進めるための作業」と答えた。……ええと? 「行事の企画運営、部活動と委員会の統括が主な役割だ。」 言葉を噛み砕こうとしかめっ面をしたおれに気付いたのか、そう補足してくれる。
「へえー、……なんか、大変そうに聞こえる」 「地味だがやることは多いな。」 そっかぁ……。なんか聞こえのいい感じで選ばれてるけど、いい思いしてるわけではなさそうだな。おれは顎に指をあててふむふむ頷いた。
「じゃあ、毎日やることある感じ?」 「ああ」 「今日は?」 「今日のはもう終わった。それで教室寄って帰ろうとしたら、お前があそこにいたんだよ。普通あんなとこで寝ねぇだろ」 「へへ」 照れ笑いをすると、馬鹿をみる目をされた。敷島くんは格好いいから、そういう顔をするとすごく冷たそうに見える。
「そんな馬鹿にした目で見ないでよー。馬鹿だけどさ」 「――別に、馬鹿にはしていない。変な奴だなって思っただけ」 わざとちょっとだけ拗ねた顔をして言うおれに、敷島くんは一瞬だけ眉を寄せてから不愛想にそう答えた。
「あ、そう? ならいっかー」 変な奴は誉め言葉ではないけど罵倒でもないよな。馬鹿にしたわけではないと本人が言うならそうなのだろう。
会話が途切れる。じゃあ、と帰ってしまうかと思ったけれど、敷島くんは少しの間おれのことを眺めたあと、ふうっと息を吐いてそばの長椅子に座った。
「敷島くん、疲れた? ごめんね、大の男を運ばせちゃって」 さぞや重かったことだろう。平然とした態度に見えたのは彼が上手に装っていただけかもしれない。申し訳ないな、と思って謝ったら、「大の、ってほどでかくないだろ、お前。」と言われた。
「失礼な。成長期なんですよ」 ふん、と鼻を鳴らされた。なんすか、その「どうだかな」みたいな反応! 別にむかつきはしないけど、とその横顔を見て、ふともしかしてと思うことが出てきた。 「敷島くん」 それを確かめたくて呼びかける。「なに」と反応が返る。
「もしかして、一緒に先生待ってくれるの?」 「……要らねえって?」 さっきまでと比べて一段低くなった声といっしょに、すっと目を細める敷島くん。だから顔が怖いって。でもそう返すってことはおれの推測は正解ってことだ。 つっけんどんな言い方と表情だけど、実のところさっきから言っていることとやってることが優しいのでプラスマイナスはゼロ。いや、プラスだ。敷島くん、好感度をあげてくるな。
さっきの大きくないっていう失礼っぽい発言も結局、大丈夫だから謝らなくていいって意味でしょ。たぶん。間違っていたらおれはとんだ勘違い野郎だけれど、文句も言わず運んでくれて不在の先生を一緒に待ってくれる人だということをかんがみれば的外れってこともないと思う。
「まさか。一人で待つの寂しいし。ありがとう、敷島くん」 「別に」 敷島くん、優しいなあ。優しくされると嬉しくなる。お礼を言うと真顔に戻ってふいと視線がおれから外れた。そんな素っ気なさも気にならなくて、おれはいい気分だった。
階段から落ちるとか格好悪いし、怪我して最悪だなと思ったけど、敷島くんと知り合いになれたから今日はなかなかいい日だ。 腰かけた椅子は窓に近くて、傾きかけた太陽の日差しがブレザー越しに肩を温める。春は日差しが気持ちいいよなあ、すぐ眠くなっちゃう。
おれはふわあ、と今日何度目かのあくびをした。
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