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「見て見ぬふりじゃないんだね」 思ったまま口に出す。 「吸ってるとこ見たら風紀に連れてくけどな」 「見つかるなって忠告はするのに、現行犯は見逃さないってこと? よくわかんないな」 「見逃さないのは立場的にまずいから。忠告するのは、俺としては他人に迷惑かけてないなら勝手にすればいいと思うから」 どうでもよさげな言い方だ。おれはこっちを見ない彼を斜め上から見つめる。鼻が高いな。 風紀に見つかるな、というのだからこのイケメンくんは風紀委員ではないと思う。風紀委員会以外で喫煙を見なかったことにしてはいけない立場ってなんだろう。考えながら「立場って?」と本人に聞いてみる。
「生徒会」 答えは端的でわかりやすかった。彼は生徒会の人だったらしい。 越智くんたちに聞いた話では、この学校の生徒会執行部というのはかなり目立つ存在で、ヒエラルキーで言えば最上位の人達だそうだ。ただ立候補しただけでは役員になることはできず、他薦か、すでに生徒会に所属している人たちからの勧誘で役員が決まるとか。「基本頭が良くて顔もいい、キラキラしい集団だよ」と慎くんは言っていたけど、確かにこの人はとてもイケメンだ。よくわかんねーけどそういう人しかなれないものなの? 頭良くても顔が普通だとなれなかったりするのかな? 成績と顔が両立する確率ってどれくらいなんだろ。 ちょっと意識がそれたけれど、ともかく、今のおれの心境はそんな生徒代表的な立場の人が見逃しなんてしちゃだめだよね、という納得が半分。もう半分は学校中からもてはやされているはずの人がおれというモブを平然と抱っこして運んでくれている現状への驚き。 おれは驚きの方はそのまましまっておいて、納得を表に出して「はー、なるほどね。うん、わかった。忠告通り、ちゃんと気を付ける」と答えた。
「そうしろ」 「うん。ところでお兄さんは先輩?」 「――同い年」 「まじか。まだ入学して間もないのに、もう生徒会とかやってるのすごいね」 「中等部でもやってたから、すぐに勧誘された」 「そうなんだー、……ん? あれ、おれが一年ってなんで知ってるの?」 普通に会話していたけど、おれと同い年と答えたってことは、おれが一年生って知っているということだ。制服が綺麗だからとかいう理由かなと思いながら尋ねると、彼はまたおれを一瞥して、「朝霧翠だろ」と言った。
「おお? 名前まで。すごいね、生徒の名前みんな覚えてるとか?」 生徒会ってそんなことまでするの? すごすぎる。 「違う。お前、朝霧香の弟だろ」
付け加えられた言葉で「あ、そういうことか」と腑に落ちた。というか、香くんが有名人だときいたばかりなのに、なんですぐにそれと結びつけなかったんだろう、おれ。そりゃあそうだ。おれの知らない人が、おれを知っている理由なんて、それしかないじゃん。
「―香くんってほんとに有名人なんだ」 「今はお前もな」 「香くんの弟だからね」 「それもあるけど」 他にどれがあるんだ。
「ま、いいや。改めまして朝霧翠です。よろしくね。」 自己紹介をする。この人も善意で助けてくれたけど、ほんとはおれとは関わりたくなかったのかなあ。ましてや、聞いた感じでは完全にいい意味で有名人な生徒会の人だし。けど「お前とよろしくする気はない」とかそういうことは遠回しに言ってくれないと傷付くからね、おれは。頼むぞ。
「敷島優世。Aクラス」
―おお? 冷たい言葉を予想してちょっと身構えたのに、ごく普通に自己紹介を返してくれた。しかも名前以外の情報つきだ。クラス分けは成績順だと聞いているから、Aクラスは一番頭が良いクラスだ。本当に顔と頭が良いんだ……。
「俺はBクラス……」 ぽけっとした声が出た。 「ああ」 名前を知られてるならクラスも知っているかもと思ったら、やはりそうだったらしい。敷島くんは、そうだな、というようにうなずいた。
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