ダイヤモンドをジャムにして | ナノ



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「やっぱりお前の方が問題児だろ。おれはそんなこと考えもしなかった」
香くん、そういうの気にしないもんね。なんか言ってる、って笑っていられる人だ。おれは違う。事実ではないことが吹聴されてるのは面白くない。
むっと唇を尖らせたおれを宥めるように、また越智くんが肩をぽんぽんする。あっくんはサラダのプチトマトをひょいとおれの皿に移した。数日前におれがプチトマト好きだって言ったのを覚えていてくれたようだ。唇を尖らせたままありがとうとお礼を言って、口に放り込む。
おいしい。トマトってなんでこんなにおいしいんだろう。癒される。

ちょっとほっこりしたのが伝わったのか、越智くんはよかったなあという顔で微笑んで、「あんな噂を本気にする馬鹿なやつは少数だ」と補足した。
「でも他のやつらも、『そこまでのことはしてないだろうけど火のないところに煙は立たないしな』って感じの反応だったから、悪評たてられたことには変わりないんだけど」
越智くんの言葉にあっくんがうんうんと頷く。

「まあ、香は真面目な生徒には見えないしねー。で、噂のせいで香は目立ってたから、目障りだとか調子乗ってるとかって嫌がらせしてくる奴もいてさ」
「そうそう。そういうのにちゃーんと倍返しで仕返ししてたら今の状態になったって感じ」
香くんの口調は終始軽い。嫌がらせというのもほんとうにまったく辛くなかったんだろうなと伝わってきた。それに、香くんの仕返しはえげつないのをおれは知っている。
そりゃ近づきたくも無くなるよね。

「ここ、わりと品行方正な私立校だからねー。素行悪い奴自体珍しいからそういう噂が出た上に裏付けるみたいにいろいろ騒ぎになってた香は、有名だしビビられてるし、ってわけ。おっけー?」

噂の内容を聞いたときは元凶を見つけ出して大泣きさせなきゃと思っていたけれど、そこまでヘビーな話じゃなかった。そうだよね、そんなやばい噂を本気にする人なんていないよね。越智くんは少数はいるって言ったから情報精査できない可哀想な頭の人が同じ学校にいるって分かって残念だけれど。

「おっけー。じゃ、俺はガチヤンキーの弟だからあんまお友達になりたくないって感じかな」
「まあ、そういうことなんだろうな」
越智くんが苦笑交じりに頷く。

「二三年は分かるけど、一年がそんな感じになるとは思わなかった」
箸を置いたあっくんが言って、「一年でも内部生なら上に知り合いいる奴なんていくらでもいるだろうしな」と越智くんが返す。
「てかそんなすぐに俺の弟って判明する?」
おれのグラスから水を飲みながら首を捻る香くん。おれは「入れればいいでしょ」と文句を言いながら、各テーブルに置いてあるポットから香くんの空になったグラスに水を注いだ。ついでに他の皆のグラスにも継ぎ足していく。

「名字珍しめだからじゃない?」
慎くんはありがとう、とおれに笑いかけてから香くんの疑問に予想の答えを与える。あー、と納得の空気が広がった。確かに、朝霧って名前をおれは自分の家族以外では聞いたことがない。香くんを知ってればすぐにおれが弟だって分かるってわけか。それにおれ、思い切り香くん達とつるんでるし。

道理でなぁ、といろいろ納得した。香くんが自分のせいかもと言った意味もわかった。香くんは悪くないけど香くんが理由ではあるっていう感じか。たぶん、香くんと仲が良い三人も、素行不良な関わってはいけない生徒枠なのだろう。プチモーゼだったし。

「まあ、香くんのことは全然関係なくておれが単に嫌われてるだけかもしれないけどね。でも、今の状態をなんとかするとか面倒だしまあいいや」

とりあえずの理由が得られてすっきりした。理由がわからないものは怖いし不安だけれど、わかれば傷付かないしどうでもいい。
噂の張本人である香くんが普通にそんなことを気にしない友達を作れているのだから、俺だって作れないわけではないと思う。でも、どう考えても面倒だ。先入観のある相手に自分を知ってもらって仲良くなれるよう努力する、という過程がだるい。
そこまでするほどのものでもないだろう。困るわけではないし、越智くん達とは順調に仲良くなれてるし。

「結構ドライだな、すい」と慎くんが笑う。
「えー、そんなことないよ。慎くんたちには仲良くしてほしいし……」
「すいは年上とばっか話してっから同い年と話し合わねえんじゃね」
「1歳差なんて、そんなに変わんないだろ?」

中学までの遊び仲間と同じくらい、あっくん達といるのは楽だ。香くんの弟だからという以上におれと仲良くしたいって皆が思ってくれるように努力する方が、クラスで友達を作る努力をするよりよっぽど有意義で楽しいと思う。
まあ、外側から見ればおれは兄貴に甘えて仲間に入れてもらってるようにしか見えないだろうし、今はそれに反論できないけど。でも、おれが甘えたなのは嘘じゃないし。開き直っておこう。

結論が出たのでうんうんと頷いてから、両手をあわせてごちそうさまでしたと呟いた。


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