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入学式から二週間。寮生活と授業には慣れてきたけれど、残念ながら同学年の友達は出来る気配なし。もちろん、自分から近くの席の人達に話しかけてはみたけれど、結果はまあ、現状からも分かるように芳しくなかった。 愛想笑いされたり、友達が呼んでるからってそそくさと去ってしまったり。とにかく長く話していたくないという態度をとられているのに、それを無視して話し続けるほどおれは神経が太くない。 嫌われるようなことをするどころか何もしていないはずだし、容姿だってそんな嫌悪感を及ぼすほどに悪くはないはずだ。だから、たぶんそういうことじゃないんだろうなとは思うんだけど。
「もう少し優しく接してくれないと傷ついてしまう」 コロッケをつつきながら愚痴るおれに、隣に座っている越智くんが心配そうな顔をした。とんとん、と優しく背を叩かれる。 香くんは何か考え事をしている様子でご飯をもぐもぐして、こくりと呑み込んでから「もしかして俺らのせいじゃね?」と言った。 「どういうこと?」 「俺らっていうか、ほぼ香じゃん。すい、こいつうちでだいぶ有名人だから。悪い意味で。その弟だから、お前も遠巻きにされてんだと思うよ」 「あー。香くんは昔から問題児だったからなぁ。」 香くんがモーゼって聞いたとき、もしかしてと思ったのは正解だったらしい。生温い目を香くんに向けたら歯をイーッとされた。歯並びがきれいだね、香くん。 「問題児はお前もだろーが」
おれはもちろん香くんも悪い子のつもりはないけれど、香くんが中学のとき関わっちゃいけない不良って言われてたのをおれは知ってるし、香くん曰く、おれも大して変わらないことを言われてたらしい。自分がどう見られてるかは自分では分からないものだ。そういうわけでおれらにとってこの応酬はお馴染みの軽口だった。 おれはいつものように「おれはよい子だよ」と言ってから、ここ一年の香くんについて思い返す。高校生になってからお母さんたちが呼びだされたり学校から電話がかかってきたりということはなかったとおれは把握していた。
「香くんはよい子になったんだと思ってた。一体どんな悪いことをしてしまったの」 「なんもしてねえよ。高校入ってから俺、一回も停学とか謹慎なってないの知ってるだろ?」 「うん。だからお母さんたちは手がかかんなくなったって喜んでたよ。兄ちゃんは、大人になったなぁって寂しそうだった」 「まじで? ウケる」 とか言って顔は全然笑っていない。いつもの澄ましているっぽく見える顔のまま、香くんはしょうが焼きに食いついた。
で、目立った悪いことをしていないなら何がどう問題?
「なんか、香は誰か知らねえって言うんだけど俺らの一個上に、お前らと地元一緒のやつがいるらしくってさ、そいつが香の噂流したっぽいんだよね。」 大きな口をあけてご飯を頬張った慎くんは、それをもぐもぐごくんとしてから話し始めた。むむ、と眉を寄せたおれに解説をしてくれるらしい。ありがたい。 地元が同じ人がいるなんて知らなかったな。まあ二個上は数人しか友達いないし、たぶん、おれも知らない人なんだろう。
「噂って?」 「いじめで自殺に追い込んだ。動物虐待してた。人の爪を剥がすのが趣味。とか」 コップを口に運びながら軽く聞いたら、黙々と食事していたあっくんが簡潔に教えてくれた。けれどそれが予想外にヘビーな内容だったせいで、おれは水が気管に入りそうになってちょっとむせてしまった。
「なにそれ怖いよ……」 「分かる」 顎に垂れた水を拭いながらつぶやいたおれに、香くんは真面目に同意を示す。香くんのことを言われているんだよ!
「え、えー……そんな噂流されてたの? 聞いてないんだけど。根と葉どころか芽すらないじゃんそんなん……。一個上ってことはまだここにいるのか。探してお仕置きしなかったの?」
不快な気分になって顔をしかめる。香くんは面白そうに笑った。
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