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「#切ない」のBL小説を読む
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1

失礼しました、と声をかけて退室する。ドアが完全に閉ざされたのを見てどっと力が抜けた。つい、深々とした溜め息が出てしまった。
視線を手の中に落とせば、緊張して握りしめていたせいで、書類にシワが寄ってしまっていることに気付く。俺の苦手な人物である風紀委員長が不在だったため、いつもよりやりやすかった筈なのだが、なぜか今日はいつもに増して疲れてしまった気がする。情けないのは百も承知だが、いつまでたっても風紀室には慣れることができない。

ふう、ともう一度息をついてから気を取り直し、俺は背中を預けていた壁から離れて紙を丁寧に伸ばしながら歩き出した。どうにも、今日は頭がぼんやりしてしまう。放課後は始まったばかりだ。集中して仕事をこなさなければ。

時々すれ違う人たちが挨拶をしてくれるのに会釈で応える。
ただじっと見られるのは怖いけれど、笑顔で挨拶をされると少なくとも悪意はないことが分かるから、自然な反応が出来る。本当は、きちんと挨拶を返したいのだが、知らない人が相手だとどうにも言葉の出が悪い。変なふうにつっかえたり、無視したみたいになるのが嫌で、会釈という簡単な手に逃げてしまっている自覚はある。

こういうところも、直すべき部分なのだろう。課題は山積みである。

「戻りました」
生徒会室に辿り着いた。中に入ると、振り返った福井くんが「お帰りなさい」と応じてくれる。

「ただいま」
ふらりと自席に着く。どうやら他の皆は席を外しているらしい。福井くんはソファーに座って、テーブルの上にどっさりとのった書類を一部ずつ綴じる作業をしていた。明日の全体会議で使うものだろう。

「皆は?」
「会長はまだ職員室です。副会長と住田先輩は美化委員会と園芸委員会との打ち合わせに。」
「そうか……」

なるほどな、と一つ頷いて、会長が俺のデスクに置いたらしい書類を手に取る。貼られた付箋に、「要再確認」とお手本のような字で書かれている。何かミスをしたのだ、と気づいてこぼしかけた溜息を呑み込む。溜息をつきたいのは会長の方だ。
ぱらりとめくって確認箇所を探そうとしたが、その必要はなかった。会長がその部分にチェックマークをつけてくれていたからだ。妙にぼやけた頭のせいで読み直すのにも時間がかかりそうだったので、とてもありがたい。不在の会長の席に向かって両手を合わせてそっと拝んでおく。

指摘されている箇所を読み直すと、参照した資料の年度が古いことに気付く。去年のものを使ったつもりで、間違えていたらしい。時間がかかるものではないのですぐに修正をしてしまおうとパソコンを起動する。行事や企画ごとにまとめてあるファイルから適切な資料を引っ張り出して差し替え、数字の訂正をしてから全体のチェックをする。
自分で書いたはずの文章が上滑りして、思った通り、確認にはいつもよりも時間がかかってしまったが、その分ていねいにできたと思う。のろのろと上書き保存して、印刷の文字をクリックする。すぐに動き出したプリンターの音を聞きながら、ずっと纏わりついている体の違和感に首を捻る。

なんだろう、このすべての動作が怠いような感覚は。さぼりたい気分というわけでもないのに。というか、生徒会の仕事でそんな気分になったことは今まで記憶にない。

「京先輩? 印刷おわりましたよ」
「っあ、うん」

いつまでも動かない俺に、作業の手を止めた福井くんが不思議そうに声をかけた。呆けていてはいけない。急いで立ち上がろうとしたら、ふわんと頭の中が揺れた感じがした。一瞬目の前が黒く染まって平衡感覚が失せ、咄嗟にデスクに手をついて体を支える。

「……先輩、大丈夫?」
「う、うん。ちょっとめまいがした」
「貧血?」
福井くんの声に心配の色が混じったことに気付いて申し訳なくなる。ちょっと調子がおかしいくらいで心配かけてはいけない。そうか、もしかしたらこれは貧血の症状というものなのかもしれないな、と思う。見た目はたいして頑丈そうではないだろうが、これでも健康優良児である俺は体調不良というものにとんと疎いのだ。

「分からない、でももう平気」

素直にそう答えてプリンターのところへ行き、まだほんのり暖かい紙を手に取った。ちゃんと印刷できていることをその場で確認して、ステープラーで綴じ、会長のデスクまで持っていく。

生徒会の外に提出しなければならない書類はすべて会長の目を通されなければならない。どれだけ分担した作業も最終的には彼の下に至るのだから、その量は膨大で、けれど会長の仕事はいつも至極丁寧だ。見習わなければならないし、見習っているつもりなのだが、こんなミスをしているようでは俺はまだまだだ。