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「#切ない」のBL小説を読む
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1

五月の初め。今年はまだ少し肌寒い。朝食のときに見た天気予報の予想最高気温を思い出しながら、クローゼットから取り出した薄手のモッズコートを羽織る。財布をポケットにしまってスマホを探すが、寝室の中には見つけられなかった。
どこに置いただろうかと考えつつリビングに向かう。テーブルの上やソファーなど、思い浮かべた場所でも見当たらない。

「何か探してる?」
「スマホがない」
振り返って答える。心当たりがなかったのか、清仁さんは軽く首を傾げた。左腕に腕時計を着けようとしている動作がもたついている。スマホを探すのは一旦やめて歩み寄ると、意図を察して大人しく腕が差し出される。

「ほんと、意外なとこで不器用ですよね」
代わりにバンドを留めて、笑い混じりに言う。

「自分でも思う。ん、ありがと」
「どういたしまして。あと、ここちょっと跳ねてる」
「え、どこ? 気付かなかった」

ここ、と右耳の上あたりの髪を指さす。咄嗟にそこに手をやったが触れただけではわからなかったらしい。「鏡みてくる」と踵を返した背を見送って、スマホの捜索に戻る。
知らないうちに落としてしまったのかもしれないと、身を屈めてテーブルの下を覗き込んだとき、洗面所の方から「ハルー」と名前を呼ばれた。

「なにー」
返事をしながらテーブルの下にもないことを確認する。

「スマホあったぞ」
「え」

姿も見えないのに、つい開いたリビングの扉の方を振り返った。疑問符を浮かべてその扉をくぐり、俺も洗面所に行く。鏡を覗き込んでいた清仁さんから「はい」と渡される。確かに俺のスマホだ。こんなところに持ってきた覚えがなくて首を捻る。寝ぼけていたのだろうか。

「なんで洗面所なんかにあるんだ……」
「さあ。タオルのとこにあったよ」
「謎。でもよかった。ありがとう」
「うん、よかったよかった。――よし。直った?」

鏡越しに会話をしていた彼がくるりとこちらに向き直る。俺は手を伸ばして柔らかな前髪を少し横に流してからその姿を上から下まで見て一つ頷いた。

「うん。完璧に男前」
「やったー」
羨望の眼差しを向けられるような格好いい大人の男なのに、褒められたとき右肩を少し竦めてふふっと擽ったそうに笑う可愛い仕草は、昔からずっと変わらない。首を軽く引き寄せてキスをすると、薄い色の目が見開かれてからきゅうっと弧を描く。

「なになに?」
「外出たら出来ないから、今のうちに」
「じゃあ俺もする」
「うん」
笑って目を閉じるとちょっと間を空けて唇がくっつく。俺がしたのと同じ幼いキスだったが、一度だけで終わらず何度もしてくるので手を差し込んでストップをかけた。不満げな目をされる。

「なんで止めるの」
「時間に遅れる」

ちらりと腕時計に視線を向けて納得はしたらしいが、それでも物足りなそうに、口元を覆った手を掴んで掌にキスをしてくるのが擽ったくて「こら」と叱る。清仁さんは機嫌よく微笑んで手を掴む力を緩めた。


そのまま玄関に向かって、忘れ物がないか確認してから靴を履いていると、一度リビングに戻っていた清仁さんがやってきた。その顔を振り返って問う。

「もう出られる?」
「ん」
「じゃ、行きましょう」

鍵をとって、玄関のドアを開ける。靴を履いた清仁さんが出てくるのを待ってドアを閉め鍵を掛ける。レザープレートのついたキーホルダーは、清仁さんからもらったもので、彼と揃いだ。俺のには青いポイントが入っていて、彼のものには赤いポイントが入っている。シンプルでセンスがいいから気に入っている。
その鍵もポケットに滑り込ませて、エレベーターの方に行っていた清仁さんの隣に並んだ。すぐに来たエレベーターに乗り込んで、一階のボタンを押し、壁に背を預ける。

「―時々思うんですけど」
「ん?」
「清仁さんからキスするとき、ちょっと間が開くのなんで?」
下におろした俺の指を掴んで、何気なく弄っている手を見ながらふと問うてみる。ぴたっとその動きが止まった。視線を上げると顎を引いた軽い上目遣いでじっと見つめられた。

「気付いてた?」
「まあ、最近だけど。目閉じてると長く感じるし」
「―可愛くてさ」
「は?」
「ハルが、俺にキスされるの待ってる顔、すごい可愛いんだよ」

知らないだろうけど、と真剣な顔で言われた。ぽかんとその顔を凝視する。

「あ、んた何言ってんだ、まじで……」
辛うじて言葉を紡ぎながらどんどん恥ずかしくなって声がかすれた。

「間があく理由はそれです」
「もういいから。今度から見るの禁止」
真剣なままの表情でふざけたことを言う彼に居た堪れなくなってその顎を押して顔を横に向けさせる。それと同時に一階に着いてエレベーターの扉が開いたので、俺はさっと手を引っ込めて先にエレベーターを降りた。

「え? 嘘。禁止は嘘だろ?」
背中に少し焦った声がかけられる。それはそんなに焦ることじゃないだろうと呆れてしまう。