1

キヨ先輩と、映画を観に行くことになった。
去年、誰もが知っている文学賞を授与された作品が実写化し、今週から公開が始まったのだ。俺も先輩も好きな作品だったため、自然な流れで行ってみようかと決まった。キヨ先輩の受験が終わったら出かけようという話もあったので、ちょうど良いきっかけだった。

前日に何気なくその予定を伝えたら、岩見は丸い目を輝かせて「イブデートじゃん!」と急に活気付いた声を出した。そこに至ってようやく俺は翌日がクリスマスイブであることに気が付いた。冬休み初日でちょうど土曜日、という認識でしかなかったのだ。
学校にいるとさほどクリスマスらしい街の雰囲気を感じることもないし。そういえば寮の方の食堂がリースを飾っていたかもしれないな、とおぼろげな記憶を辿ってみる。
なるほどイブか、と思いはしたがデートと言う名目にはあまりぴんと来なかった。映画を見たり買い物に行ったりといった行動は友達とだってするだろうと。だが、岩見は恋人同士が一緒に出かけるならそれは総じてデートであると強固に主張した。
曰く、映画とショッピングなんて立派なデートコースじゃん! ということだそうだ。
確かにそうかもしれない、と認識を改めた途端にデートという単語に動揺しだした昨夜の俺は、我ながら滑稽だったと思う。中身は変わらないのにどう捉えるかでこうも心持ちが変わるのだから不思議なものだ。
とはいえ恐らく―いや絶対に、キヨ先輩は以前、一緒に出掛けようと誘ってくれたときからそういう意味合いで言っていたのだと思う。
それを正しく認識できずに、ただ一緒にどこか行くのが嬉しいと呑気に喜んでいた自分の幼稚さが少し恥ずかしいし、申し訳なくも思う。
キヨ先輩にも、おそらく認識の相違を気付かれていたと思う。彼はそれでも本当に嬉しそうに微笑んで「楽しみだな」と言ってくれていたのだ。呆れたりがっかりしたっていいのに、そんな様子は微塵もなかった。思い至ったら、湧き上がるように好きだなと感じてぎゅっと顔をしかめてしまった。
とにかくそういう経緯で、俺はこれがデートであると自覚したうえで今日を迎えたのだ。

並んで立った電車の中でそっと隣をうかがう。学校のときとは違って前髪の左側は下ろされたままでゆるく片目にかかっているから、雰囲気が違って見える。
新鮮で格好いい。
ただの感嘆ではなく動悸が伴ってしまうので凝視はできない。それでも目を慣らしたいのと単純に見ていたい気持ちもあって、ついちらちらと視線を送る。挙動不審だという自覚はあるが、キヨ先輩はそれを面白がったりはしないので安心だ。俺の視線に気づいたのかふとこちらを見た彼はただ柔らかく目元を和ませて、楽しそうな嬉しそうな優しい顔をした。

いや……贔屓目を抜きにしても格好いいな。
真面目にそう思って、一つ遅れて自分の思考に恥ずかしくなった。マフラーに口元を埋めて少しうつむく。すると、視界にあった白い指が一瞬だけそっとさりげなく俺の手を撫でた。
「寒い?」
耳元に顔を寄せるようにして問われる。声が囁きに近い大きさなのは周りに配慮してだろうか。やや低くて優しい声を間近に聞いて、肩に少し力が入った。右耳だけ熱い気がする。
車両内は暖房がきいていて暖かいくらいだったから問いかけに対してとっさに首を振りかけたのを、寸前で止める。そして僅かな逡巡のあと、そっと右側に半歩寄った。
コートを着た互いの腕が当たり、手の甲が触れ合う。

「、ハル?」
「寒い―ってことにしておこう、かなと思って」
なんだそれ。言い終わると同時に変なことを言ったと唇を引き結ぶ。反応を窺うようにもう一度視線を向ければ、キヨ先輩の目元はふわっと紅潮していた。
それに何か思う間もなく、控えめに人差し指と中指を握られる。
「うん。そういうことにしておいて」
こちらを見ないまま、ほとんど口を動かさずにそう言う先輩の照れた様子で心臓がじわっと熱くなって、明らかに自分の体温が上がったのが分かった。どくどく鳴る鼓動が体の中に響く。

車内は混み合ってはいないが、座席は全て埋まっている。俺たちが立っている横にも人はいるのだから、あまり表情を崩すわけにはいかない。理性に従って出来るだけ顔を取り繕いながらそっと前を向く。
彼との関係に慣れてきた気がしていたけれど、どきどきするのは相変わらずだった。



back