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書類選考である一次の合格通知を受け取ってから数日。すでに二次選考までもう間がない。面接練習をして小論文対策をこなし、空いた時間には英語の問題集。直近の模試の結果は良かったし、指定校推薦だから不合格になることはほぼないと思うが、近頃の俺は受験生らしく、励んでいると言っていいだろう。
だから、分厚い問題集の自分で定めた範囲までを終え、傍にいたハルにちょっとした期待を込めて、要約すると最近の俺、頑張ってるんじゃないか? という旨の発言をしてみたのだ。

「そうですね。キヨ先輩、偉いです。いい子いい子」
ハルは一つ頷くと、脱力して机に伏せていた俺の頭を優しく撫でた。冗談ぽい言い方だが、手つきは労わりに満ちている。
……たまには自賛的な発言もしてみるものだ。ハルの普段と違う反応を見られたおかげで疲れが飛んだ。
今の「いい子」って言い方、最高だったから録音したい。環境を整えた状態で、もう一回言ってくれないだろうか。

「こっち来て、ハル」
「はいはい」
嬉しくなって要求するとすぐに応じてくれる。

俺もハルもローテーブルを使うためにマットの上に座っている。ハルはテーブルの側面の方にいたので、立ち上がって大きく動いてもらう必要はなかった。
軽く返事をした彼は俺の隣に移動し、同じようにソファに凭れた。脚が少しだけ触れるくらいの距離だ。

「はい、来ました」
言いながら顔を覗き込まれる。満足? と問われているように感じたので、「もうちょっと近くがいいな」と更に要望を言うと、ハルは少し考える素振りをしてから体をこちらに向けて腕を広げた。

「じゃ、ここに来ますか?」
「うん」
自分から腕の中に収まりに行く。即答したことが可笑しかったのか、ハルは笑いながら両腕で俺の体をそっと抱き締めた。
たったそれだけのことが、俺の幸福感を急速に上昇させる。加えて労るように片手で後ろ髪を梳きつつ、背中を撫でられると、脈拍数も上がった。

好きな子と触れあうと緊張するのは、何故なのだろう。この緊張が消えるときは来るのだろうか。そのとき、俺が感じるのは愛おしさだけになるのか。
心臓を落ち着かせるためにつらつらとそんなことを考えながら目の前の肩に頬を寄せる。目を閉じると、ハルの温かさとハルの匂いだけを感じられて幸せだ。

「あー……ハルだ―」
「はい」

軽く応じる声は、まだ笑っている。それが触れあった体から直接的に伝わってきて胸がいっぱいになる。今の俺の状態は、ときめいているとしか言えないと思う。すごくときめている。ハルが笑うだけで百回惚れ直せる。
―状況に浮かれて頭の悪い思考に陥っているらしい。流石にこんなことまでは言葉にできない。

「どうです、癒し効果ありますか?」
「最高」
「それは良かった」
「このまま勉強したら一日中続けられそう」
「はは、そんなに?」
「うん」

ハルは細くて引き締まっている。腕を回した腰にも背中にも柔らかい所はなくて、脂肪の存在が疑わしいくらいだ。そんな硬い体なのにどうしてこんなにも抱き心地がよくて、しっくり来るのだろう。緊張が和らぐと、心地よさが増した。

「キヨ先輩」
「……ん?」
呼びかけに目を閉じたまま反応する。

「もうすぐ試験でしょう」
「そうだな―」
「俺、しばらく来ない方がいいんじゃないですか?」
「ん―、えっ!?」

ついぼんやりと上の空で返事をしていた俺は、ハルの口から出た台詞に強制的に現実へと引き戻された。ばっと体を離して、それでもまだ近い距離のまま、ハルの顔を見る。切れ長の目を軽く見開いたハルは、純粋に俺が突然動いたことに驚いているようで、それが自分の発言によってだとは思ってもいない様子だ。

直前の発言が含むところをその目から導き出そうとしながら何故かと問うた俺の声は、どう聞いても悲しげで情けないものだった。
え、と声を漏らしたハルが動揺した様子で少し首を傾げる。




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