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小さくハルが身を震わせるまで、俺は寒さをすっかり忘れていた。
はっとして、思わずその肩から腕をさすったら、ハルは目を丸くしてから優しい笑顔を浮かべた。それを見て何故か恥ずかしくなって、急いでベンチから腰を上げる。

「寒いよな、ごめん。もう戻ろう」
そっと手を引くと、ハルは全く俺に力をかけずに立ち上がった。

手を引くなんて、余計なことをしたのかもしれない。
少し反省しつつ、名残惜しいけれど絡めた指を解こうとした。その時、緩んで離れかけた手をハルがきゅっと握り直した。言葉にしてしまえばたったそれだけのことで俺の鼓動は一大事に遭遇したみたいにどっ、と跳ね上がる。
ハルもまるで自分の行動に驚いたような表情をして、ちらりと俺の顔を見た。

「……このまま、手繋いで帰る?」

ハルはそういうスキンシップは好まないはずだし、咄嗟に自分でも思いがけない行動をしてしまったのだろう。だから躊躇わずに嫌だと返せるように、俺は動揺などしていないふりをして、わざと冗談ぽく言った。
手を繋いで歩くなんて友人ならしないことだ。それをハルと出来るならもちろんとても嬉しいけれど、出来なくたって悲しくはない。そういうことをしなくても、ハルがくれたものの特別さは何も衰えはしないから。

からかったような響きの俺の言葉に、ハルは少し恥ずかしそうにそして不満そうに一瞬眉を寄せた。開いた唇から発せられる言葉を予想して、俺はもう一度指から力を抜く。

「じゃあ、そうしましょう」
けれどハルの手は緩まなくて、しかも台詞は予想したものとは反対だった。

「えっ?」
「なんですか」

俺の予想の逆をいったことを分かっているらしく、ハルは満足げに目を細めて笑いながら軽く顎を上げた。その表情は余裕そうで強気で、俺は驚いているはずなのにどこかであーハルって本当にイケメンだよな、となかなかに場違いなことも思った。

「いや―、ええと、嫌じゃない、の?」
それに比べて俺は全然格好いいところを見せられていない。ハルを前にすると言ったら格好のつかないような情けないことまで口にしてしまうから、そこは諦めるしかないのかもしれない。

……というか、そうしよう、というのはこのまま手を繋いで帰ってもいい、ということか? まじで?
戸惑いながら聞き直すと、ハルはさっきまでのちょっと意地悪な感じの雰囲気を消して、また優しい顔で笑った。


「嫌なわけないです。なんで俺が嫌がると思うんですか?」
「―ハルは、なんていうか、主体的なスキンシップは好きじゃないかと」

ハルが俺に触りたいと思う、と言ってくれたことを嬉しく感じるし、それが本当だというのも分かっている。けれど、例えば二人で部屋のなかで並んでいるときに手を重ねるのと、外を歩く際に繋ぐのは種類が違うのではないかと思うのだ。俺の感覚的に、ハルのいう「触れたい」は前者であって、後者ではないと思う。

そんなことをたいして上手くまとめることも出来ないままに伝えると、ハルは穴が開くほど俺のことを凝視してから、物凄く嬉しそうに見える顔をした。

「キヨ先輩は、本当に俺のことをよく理解してくれているんですね」

声までとても珍しいことに、少し弾んでいるように聞こえた。可愛い。

本当になんとなくそう思っていただけだったが、ハルの言葉は肯定するものだったから、俺の感覚は正しかったようだ。しかしそれなら、やはり手は離した方がいいのでは、と首を捻る。




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